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朔夜【直江編】

序章 第一章【】 第二章【】 第三章【】 第四章【...】

「じゃあ事情を話してもらおうか」
 取り落とされて散乱していた荷物をどうにかこうにか掻き集め、車で眠っている彼を揺り起こしてきて、ある程度片づけた後に、ようやくリビングで卓を囲んだ男たちである。
 三人掛けの長椅子に彼を座らせ、その隣に腰を下ろした男は、向かいの椅子に掛けた綾子と長秀に対峙していた。
 ひらいた膝に肘をついて両手を結んだ男の向かいで、邸の客人の二人は主人であるはずの男以上に寛いだ格好で座っている。
 本日の宿直である柊がさり気なく注いでまわった、熱いほうじ茶を啜っていた長秀が、早速本題に入ろうと急かした男にストップをかけた。
「ちょっと待った。まだ楓以外の奴らの紹介が済んでねぇぜ。
 とりあえずそっちを先に済ました方がいいだろ、大将」
 そう問われて、彼はこくりと肯いた。
「わかりました」
 男はそれを見て、廊下へ声をかけた。
「失礼いたします」
 と、落ち着いた静かな感じの男性の声がして、ドアが開き、その声の主だと思われる男性と、女性二人が中へ入ってきた。
 さらに、
「御影たちも入れよ」
 長秀の声に、先の三人の後ろから、新たに男性三人と女性二人がついて入る。
 彼らが三人、五人に前後へ分かれてそれぞれ横一列に膝を折って控えると、
「これが我らが大将、高耶だ。順にご挨拶申し上げるよう」
 長秀が向かいの彼を示して申し渡した。
 また、これ呼ばわりだ。
 瞬間的に眉を吊り上げた男だったが、いちいち目くじら立てていては進まない、と思い直す。
 彼はと見れば、少し緊張した面持ちで八人を見ていた。
 言葉の使い方に気が回る状態ではなさそうである。
 ―――まず、三人の中から、真ん中にいた楓が一歩進み出て、彼の前に礼を取った。
「改めまして、ご挨拶申し上げます。高耶さま」
 後ろの二人をさっと振り返り、
「我らは直江信綱さまが配下、《三人衆》にございます。わたくしは既にお目通りさせていただきましたが、《諜報》の頭、『豹』の楓と申します。
 【橘】の情報網の全てを管理しております。
 ―――これなるは、《暗躍》・柊と、《機動》・椛でございます。
 各々ご挨拶いたしましょう」
 そう言って楓はもとの位置へ戻り、代わってその右隣に控えていた男性が進み出る。
 見た目には三十歳くらい、跪いていてさえかなりの長身と見えて、首筋で揃えられた短い黒髪は綺麗に梳かれ、その容貌は淡々として落ち着いた雰囲気を醸し出している。引き締まった細身の肢体を、黒のタートルネックとシルエットの綺麗なズボンに包んでいて、どこか影のような気配を纏っている。
 口を開けば、外見から予想された通りの冷静な声が流れ出た。
「《暗躍》の頭、『狼』の柊にございます。忍びのお役目を賜っております。
 信綱さまへ忠誠を誓うこの身でありますれば、その主たる高耶さまにも命をお預けいたす所存。
 どうぞお使いください」
 淡々と話しているようだが、この男が言葉を紡ぐときは、まさにその言葉どおりの重さを含んでそうするのだということを、直江たちは知っていた。命を預けると言ったなら、本当にそのつもりなのである。
 隣を見れば、彼は、人一人の命を突然に預けられて、その重さに困惑している様子だった。
 無理もないことだ。これまでの彼の世界とは、これは全く異なった空間である。―――忠誠だの命を預けるだの、ここディアの「日常」とはあまりにもかけ離れた事柄。それが今、ディアの日常しか知らなかった彼の目の前で、まさに現実のものとして展開されているのだ。
 その戸惑いは、察するに余りある……。
 ―――男がそんな思いをする間にも、「現実」は進みゆき、下がった柊の入れ替わりに、楓の左に控えていたロングスカートとカーディガンの女性が進み出て高耶の前に礼を取った。二十歳くらいだろうか、背を覆って腰に届かんばかりの豊かなウェーブヘアが印象的な、おっとりした可愛らしい顔立ちの彼女は、
「《機動》の頭、『猫』の椛と申します。表に出て展開する部隊を率いておりますので、この先、大いにお役に立ちましょう。
 信綱さま同様、あなたさまにも指揮権をお委ねいたします。ご存分にお使いくださりませ」
 柔和な目元を少し引き締めてそう告げた。……これは大切な儀式である。少しは堅さも必要だ。
 けれど、見上げた相手のどこか戸惑ったような瞳に出会って、安心させようとするようににこりと微笑むと、彼女本来のやわらかな表情が表に出て、その笑みが彼を和ませた。
 彼はようやく笑いを見せて、《三人衆》に答えを返す。
「楓、柊、椛」
 その瞳に、いつの間にか不敵な輝きが宿っている。
 危険な色でありながら、見る者を惹きつけずにはおかない、その獲物を見つけた猛獣のような光が真紅の瞳の奥に瞬いて、我知らず三人は目を奪われていた。
 魅入られたように相手を見つめる彼らに、支配者の囁きが与えられる。
「―――お前たちの命、確かに預かった。オレを助けて十分に働いてくれ」

 ぞく

 その囁きの危険な甘美に、周りの者全ての背に戦慄が走り抜ける。
 ―――まだ、目覚めもしない、小竜。自らの血にすら納得していないはずの彼だ。
 けれど、ここに竜は確かにいる。

 命を預かる、と言う。

 その意味するところの重さを十分にわかった上で、彼は笑みさえ浮かべながら言ってのけたのだ。

 意識もしていないながら、既に彼の中には竜王の気流が息づいていた。

 ―――俺の竜……
 その空間になかば呑まれた形の長秀たちだったが、男は一人、満足げに微笑んでいる。
 俺は既に囚われ人。
 あなたに潜む、どんな危険な色も、俺には何よりも輝かしいもの。

 護りたいと思った。
 全身の毛を逆立てたあの獣の仔を、腕の中に入れて慈しんでやりたいと、思っていた。
 ……けれど、もう知っている。
 あなたは護られるだけの子供じゃない。
 俺があなたを手の平にのせるのではなくて、あなたが俺に操り糸をつける。
 あなたが俺を捕らえて、支配するんだ。

 ねぇ、
 俺を見てください。
 その真紅の瞳で見てください。
 それだけでいい。
 それだけで、俺はあなた一人のものになる。

 俺を、その真紅で絡め取ってください―――



「……じゃ、次、後ろの五人のことを教えてくれ」
 しんとした空間に再び時間を与えたのは彼だった。
「はっ」
 ようやく息をついて、《三人衆》は後ろの《五人衆》と入れ替わる。
「我らは長秀さま配下、直属部隊《五人衆》にございます。
 ―――まずはわたくしからご挨拶を」
 中央に位置を取った女性が進み出た。二十四、五歳ばかりの、身のこなしが野性的な姐御系美人である。服装も、真っ赤なレザーパンツに七分丈の黒いセーターと、ワイルドさが強調されたものだ。色を明るくした、二の腕半ばまでの髪が、跪く時にしゃらりと音をたてた。
「わたくしは《五人衆》の《総括》を務めております、『鷲』の翠波と申します。チームリーダーのようなもので、《五人衆》のブレーンとして長秀さまの代理指揮権を授かっております。
 これよりはあなたさまにも同等の権限がございますことをお心に留め置きくださいますよう」
 なるほど、リーダーらしい、はきとした口調である。
 いつの間にか普段どおりの顔に戻っていた彼は、少し圧倒された感じにこの迫力美人を見ていたが、彼女に代わって進み出た男性を目にすると、その瞳は完全に丸くなった。純粋に驚いて目を見張っている。
 それを見ていた男は、くす、と笑った。初めてこの大男を見たときに自分も同じ顔をしたことを思い出したのである。
 しかし、彼にはそんな男の事情はわかるはずもない。馬鹿にされた、と思ったらしく、むうっとこちらを睨んできた。
 (ち、ちがいます!)
 慌てて首を振っても、彼はわかってくれない。
 ぷいと目をそらし、件の大男に向き直った。
 その、プロレスラーか何かなのでは、と思わせるほどの大男は短く口上を述べる。
「《機動第一》の頭、『熊』の浦留であります。第一戦隊を率い、ご尽力いたす所存」
 二十七、八歳といったところか、こわい黒髪を短く刈り込み、精悍な容貌、全身にみっしりと筋肉がついて、腕など丸太のようである。
 この通りの無口だが、その揺るぎない忠誠が全身に表れていた。
 彼はそれを感じ取った様子である。頼もしいと思ったのであろう、無邪気ににこりと笑った。
 その瞬間、ちくりと刺すような痛みを覚えて、男は心臓の辺りに手をやる。
 ―――私だけを頼ってください
 心のどこかで、そんな囁きが木霊する。

 何だ、これは?

 ぞっと総毛立つ。
 私だけを?
 あなたが他の人間に頼るような顔を見せただけで、嫉妬した?

 何だ、これは。
 独占欲にも、程度というものがあるだろう。

 ―――俺は一体、どうなってしまったんだ。

 自分が、恐ろしい……


 ―――男の心の中のことなど、周りには気づけるはずもなく。
「同じく《機動》、『鷹』の千種にございます。私は第二戦隊を指揮しております。お見知りおきください」
 続いて進み出た青年は、歳のころ十九歳ばかり、頭脳派らしい整った容貌はおよそ戦いには似つかわしくなかった。
 尤も、指揮官が実戦に秀でていなければならないという理由はない。指揮は戦略と采配の能力が命である。その点で考えれば、この青年は優秀な指揮官でありそうだった。実戦の腕前は、外見からは判断できそうにもない。
 白いセーターに同じく白い綿パンという出で立ちの千種の次に進み出たのは、少年だった。僅か十五、六歳と見える。
「《機動第三》の頭、『猫』の知立でございます。若輩者ではございますが、一戦隊を任されております。
 精一杯、務めさせていただきます!」
 ふわふわと柔らかそうな猫っ毛に、くり、とした大きな瞳。フードの付いたフリースのトレーナーに、紺のジーパンを穿いているのが、外見年齢よりも落ち着いた服装を好むらしいこの部屋の人々の中で、ただ一点の幼さを醸していた。生意気そうな口元が、今ばかりは緊張からか、固めに引き結ばれている。
 少年を見る同僚たちの目はどれも優しくて、この少年が皆のマスコット的存在であることを物語っていた。年齢に似合わぬ実力を買われている少年だが、皆が彼を可愛がるのはそれだけが理由ではない。生意気なことを平気で言うけれど、彼は本当に皆を慕っているのである。殺伐とした任務の多い彼らが弟のように少年を可愛がったところで、何ら不思議なことではなかった。
「最後になりました。わたくしは《諜報》の頭、『豹』の御影と申します」
 残った女性が進み出た。
「わたくしは全国の【千秋】の情報網をまとめております。影のポジションからではございますが、力を尽くしてゆきますことをお心に留めていただきますよう」
 凛とした口調が印象的な、日本的美女である。外見年齢は十九歳ほど。
 切れ長のすずしげな瞳と同じ漆黒のセミロングの髪が、礼を取った拍子につとこぼれ落ちた。白いセーターに漆黒が映えて、はっと息を呑ませる。しかしそれを元に戻すと、最初と同じ、ミステリアスな雰囲気が彼女を包んだ。
 彼女が元の位置に下がると、再び翠波が口を開いた。
「以上、《五人衆》がご挨拶申し上げました。どうぞお見知りおきくださいませ」


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