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背の高い木々に囲まれて、ひっそりと静まり返った小さな神社に、
――彼≠ェいた。
夜の闇の中に、ぼうっと浮かびあがる白い和装束。
真っ赤な月を見上げて佇むその背は、何だか、見ているだけで胸がしめつけられるような痛々しさを感じさせる後姿だった。
だが・・・自分は、それだけではない何か、直感にひっかかる何かを感じて、そこから目を離せなかったのだ。
声もたてられずにただ黙ってその背を見ていると、気配を感じたのか、彼がぴくりと動いた。
振り向く動作が流れるようで、思わずほうと呟いた男だったが、
「――そこにいるのは誰だ!」
振り向きざまに鋭い声をあげて睨みつけられたときの驚愕は、その比ではなかった。
「――っ !?」
脳天を殴りつけられたかのような衝撃に、男は声も忘れてそれ≠凝視する。
真紅の瞳。
人間には、いや、魔族にさえもあり得ない色。
――たった一つの種族を除いては。
ドラゴンの瞳・・・
男の唇が、かすかに動いた。音にはなっていない。唇が無意識に刻んだだけの言葉だ。
なぜ・・・
「真紅の瞳が・・・」
永遠に失われたはずの、上杉宗家の瞳が、ここにある?
宗家・ドラゴン一族だけが持つ、血のような赤の瞳――
帝王の目が、ここに?
自分の呟きに、相手はびくりと身を強ばらせた。
しかし、怯んだのは一瞬のみ。
「用ないなら、去れよ」
次の瞬間にはその帝王の目で、射抜くほどにこちらを睨みつける。
「――でないと、オレの目に殺されるぜ」
まさに殺されそうだった。
まるで手負いの獣のような、強い威嚇の眼差し。
男はまだ驚愕を面に貼り付けたまま、それを受ける。
が、ふいにあることを思い出し、すがりつくようにして彼に駆け寄った。
「手・・・右手の甲を見せてください!」
本当にドラゴンならば、その証が甲に現れるはずだ。
竜の鱗が。
そのとき、静かだった周囲が人の声で騒がしくなってきて男は一瞬躊躇ったが、とにかく確かめなければと相手の右手を取った。
「!!」
両手で包むように取った彼の右手。
その甲に、月光を反射して光っているのは、まさしく竜の鱗であった。
「確かに・・・」
男は涙腺がゆるむような安堵で胸をいっぱいにした。
何故こんな気持ちになるのだろう。
喪われたものを取り戻したような、いや、見つけるべきものをついに見つけたかのような・・・この安堵は何だろう。
月の光を受けて光っているこの鱗が、この上もなく美しいと感じるのは、何故なのだろう・・・
そんな思いに浸る間はもうなかった。
先ほどから近づいてきていた人の声が、もう神社のすぐそばにまで来ているのがわかり、男はひとまずこの場を立ち去ることにした。
いつの間にか目を閉じていた彼に、静かに告げる。
「すぐに、迎えに来ます」
手をそっと離して足早にそこを立ち去る男の目には、置いていかれる子供のような色を湛えた真紅の瞳が焼きついていた。
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