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序章 第一章【壱弐参四】 第二章【壱弐参】 第三章【壱〜伍】
木々に埋もれたひっそりとした石段から姿をのぞかせたのは、学ラン姿の少年。
まだきっちり着込むには暑いのか、前を開けている。それでもだらしなく見えないのは、天性の気品なのかもしれない。
――彼=Aだった。
先日の白い和装束とは全く印象の違う姿ながら一目で、そうと知れた。
知って、膝が震えそうになった。
まだ相手はこちらに気づいていない様子だった。しかしすぐに目が合うだろう。自分のこの凝視に、気づかずにすむはずがない。
ああ、なぜ俺は目を離せない?
目をそらして静かに立ち去れば、気づかれずにすむだろうのに。
今決断を迫られてもどうしようもないのに――、一目散に逃げ出してしまいたいほどの思いでいるというのに。
なぜ、この目はまっすぐ彼を見て離れないのだろう・・・!
彼は石段の最後を踏み終えて聖地に上がるときに、小さく手を合わせて何ごとかを呟いていた。
こういった場所の神性を大切にする人らしい。
普通の高校生にはみられないそんな仕草のあと、何気なしにこちらを向いたその瞳が、止まった。
先日の男だ、とすぐに見てとったらしい。
その瞳に最初に現れたのは、不審人物に対する当然の警戒の色だった。
しかし、その一瞬あとに彼の瞳を支配したものは・・・
黒い、綺麗な瞳に浮かぶのはまるで、拒む姿勢を保とうとしながらもその後ろで必死に訴えかけてくるような・・・そんな揺らぎだった。
気づいてくれ、
オレの叫びに気づいてくれ。
気づいたなら攫って行ってくれ。どこでもいい。ここでないところなら。
気づかないなら見ないでくれ、
オレを弱くしないでくれ――
そう、聞こえたような気がしたのは自分の気のせいか――資料にあった彼の環境から、先入観を持っていたせいなのか。
男は一歩踏み出した。いつのまにか先ほどの狼狽はどこかへ行ってしまっていた。
彼≠ヘ動かない。
もう一歩、進んでみる。
やはり彼は動かない。
視線をそのままに、男は彼の側まで歩み寄った。
すぐ前に立って、自分より大分背の低い彼を見下ろす。
もっとよく顔を見たいとその顎に手をかけて静かに上を向かせると、瞳が前髪に隠されてしまい、男はもう一方の手を額に伸ばした。
さら、と前髪を分けると再び目が合う。
間近で見る瞳はこの間とは違うものを湛えて漆黒。
別れ際のあの色が脳裏によみがえる。
――置いてゆかれる子供――――
男の中で、何かが溶けた。
突然笑い出した男に、高耶は面食らった様子でむっと唇を突き出した。
「何なんだよあんたは!人に触っておいていきなり笑いやがっ・・・て・・・」
怒りに燃えていたその瞳がふいに一杯に見開かれる。
自分は間違っていた。
俺たちの都合で彼を巻き込むのはどうかとか・・・そんなものはどうでもいいことだったのだ。
この人はここまで苦しんでいる。初対面の俺にさえそれを見せてしまうほどに。
俺のすべきことはこの人を自分たちの都合に巻き込むことではなくて、とにかくここ≠ゥら救い出すことだ・・・。
たとえこの人が魔界への帰還も帝王として俺たちを率いてゆくことをも拒んだとしても、俺はそれを強要したりしない。それなら彼を連れて、俺の下の者全てを捨てて、魔界の全てを捨てて・・・ただ逃げるまでだ。
俺のすべきことは帝王≠ノ仕えることではなくて、影一族としてこの人個人を護ること――
そうだろう、直江信綱!
意識を現実に戻すと、突然笑われて怒りかけていた彼≠ェ一杯に目を見開いて自分を凝視していた。
高耶は声も出ないほど驚いていた。
突然に笑い出して顔を覆った男がいつの間にか小刻みに震え始めている。
様子がおかしい、と見上げると、ぽとり、と何かが落ちてきた。
――熱い滴。
鏡のように冷静な面だと思っていたものが、涙を流していた。
指の間から、とどまることを知らぬようにつたい落ちる・・・。
ようやく男がその手を外したとき、目が合った。
彼は一体どう思っただろう。
大の男が・・・臆面も無く涙を流すなど、格好のつかないことといったらありゃしない――
それでも俺は泣きたかった。
ようやく見出したのだ・・・あなたを。
私ヲ トラエルヒト――
男は彼に向かって微笑んだ。ゆっくり膝を折って彼の前にひざまずく。
驚く彼に向かって、直江はついに告げる。
『迎えに、来ましたよ――』
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