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朔夜【直江編】

序章 第一章【】 第二章【】 第三章【〜参...】

「高耶さん。
『私たち』が求めているのは『帝王』です。われわれを率いるべき大将です」

けれど。

「『私』は『あなた』について行きます。
『帝王』であろうとなかろうと、私はあなたの影であり続けます・・・。
大将にならないというならそれも構わない。それで他の者たちが追ってくるなら、私はあなたを連れて逃げてゆくまでです。彼らをみんな捨てて、これまで共に戦ってきた仲間を捨てて、これまでの自分とそれに係わるすべてのものを捨てて・・・、私はあなたと共に行きます。
たとえ味方が一人もいなくても、私だけはあなたを護ってゆきます――」

「これだけは憶えていてください。あなたは独りではないのです。あなたがどんな道を選んでも、私はそこについて行きます。あなたの背は私が護っていますから、あなたは前だけを見て、どこへでも自分の思いのままに、進んでください」
言うべきことを告げた直江はそれきり口を閉じた。
これで彼に決断ができるかどうかなど、わからない。しかし、これだけは告げておかねばならなかった。
自分は彼に大将を強いるつもりはないと、これまで何を思っていたかは別にして、これからはただあなた一人のために行動すると。
つきつめていえば、『上杉宗家の者』でなくてももはや構わないのだ。自分は『彼』についてゆくだけ。
『俺』は、『あなた』に永遠を誓ったのです――
長い間、男の言葉を咀嚼するように頭の中で反芻していたらしい高耶が、
「・・・どうして」
ようやくぽつりと呟く。
「何ですか?」
「・・・どうしてそんなことが言える?――――オレは一体、あんたの何なんだ・・・?」
その響きに、男は相手の中で何かが変わり始めたらしいことを読んだ。問いかける形をとっているが、これはおそらく、確認なのだ。純粋な疑問ではなくて。
ここで男はようやく抱擁を解いて、硬く張った相手の両肩をほぐすようにぽんぽんと叩いた。
「そうですね・・・話すと長くなりますから、とにかく場所を変えましょう。それからすべてをお話しします。あなたの知らなかったことも、知らなければならないことも・・・」
男はそう約束し、今度は相手の学ラン姿に目をやって尋ねる。
「ところで、あなたは学校を抜け出してきたようですが、お迎えは今日も普段と同じ時間に?」
その言葉にはっとしたように顔を上げた高耶である。
「まずい。あいつら・・・オレが抜け出すのを予想してその辺を張ってると思う。今日は体育祭で、抜け出すチャンスはいくらでもあるから。
あの男がこんな日に指示の手抜かりをするはずがない・・・」
「そうですか。ではもう本当に時間がありません。行きましょう、高耶さん」
男は手を差し出した。
「・・・どこへ?」
未だ不安げに小さく呟く高耶に、直江は包み込むような微笑みを向ける。
「どこへでも。私の仲間のところへ行くのがお嫌なら、今すぐにでも彼らとは決別して違うところへ向かいますから、どちらでもあなたの思うとおりにしてください。
どうしますか・・・」
「・・・・・・」
「一度、会って話を聞いてみますか?」
離脱するのはいつでもできるから。
しばらく頭の中でめまぐるしく思考を重ねていたらしい高耶は、ややあって顔を上げた。
その短い間に彼の中でどのような変化があったものか。
そこにあるのは初めて見たときのように、強い光をたたえた瞳。既に迷う色は消えていた。
まっすぐにこちらを見て、自分の意思を伝えてくる。
「・・・ああ。行く。そこへ行ってすべてを聞いてから、見極める」

「さて、邸へ戻ると決まったはいいのですが、どうやって監視の目を巻きましょうか・・・
数人程度ならば、暗示を掛けるなり何なりすれば済むのですが」
とぼけたように小首を傾げる男だった。
現実問題として、これは大きい。
魔界奪還も逃亡も何も、まずここを穏便に抜け出すことができなくては仕方がないのだ。
「今日はもっと多いぜ。たぶん」
とのありがたいお言葉から、暗示などの静かな手段では済ませられないということははっきりした。
荒っぽい手段を使えば――つまり腕ずくで掃えば、振り切ることは簡単だ。しかし、それでは人目につきすぎる。
高耶を連れ去る現場を仰木家当主に報告されてしまってはことが難しくなる。いずればれることではあっても、せめて逃げるだけの時間的余裕はあったほうがいい。
ちょっと考え込んでしまっていたときに、ふいに直江の思考に割り込みをかけた者がある。
(おい、直江・・・直江、聞いてるか?)
心話の声が、頭の中に直接響いてきた。
「長秀か」
直江は、こちらも心話に意識を集中させた。いいタイミングで救いの手が入ったようだ。
(ちょうどよかった。今、例の神社にいる。悪いが目立たないように車を回してくれるか。少し事情があっ・・・)
細かく説明している暇はない、とすぐさま用件に入るのを、相手はろくに聞いてもいない様子で遮った。
(それどころじゃねえ!たった今、すごいものが見つかったぜ。柿崎が・・・その生き残りがいたんだよ!)
「何だと !? 」
思わず肉声で驚きの声をあげた直江に、高耶は奇妙な眼差しをくれたが、男にはそんなことに気づいている余裕はなかった。
(今こっちへ向かってる。着くのは明日の昼か、そんなもんだな)
(何と・・・驚いたな。まさか柿崎に生き残りがいようとは・・・)
柿崎というのは、宗家お抱えの占術師の一族のことである。――あった、というべきか。
本来彼らは、今回のような凶事を事前に予知し、回避するためにいるのだ。しかし、こうしてことは起こり、彼ら一門もその能力を恐れられて、叛乱軍に殆ど処刑されたはずだった。少なくとも、直系及びそれに並ぶほどの能力の持ち主たちは。
それが、見つかったという。
『すごいもの』という位であるからには、恐らくその能力は直系並みなのだろう。『並み』といったのは、直系は既に悉く処刑されたはずだからだ。

「・・・あのさ」
自分を放って何か別のことに集中しているらしい相手に声をかけようとして、高耶は自分がその男の名すら知らないことに思い至った。
しょうがないので相手の上着を引っ張ってみる。
思考に沈み込んでいた男は、二、三度そうして引っ張られてようやく意識を現実に戻した。
「え?あ、はい。どうしました?」
相手の瞳に揺らめくような動きを見て、随分長く彼を放っていたことに気づき、すまない気持ちが広がった。
何を言おうとしているのだろう、とその瞳を覗き込む。
少し困ったように相手は続けた。
「オレ、あんたの名前知らない」
その素朴な疑問に、目元が和む。
「ああ・・・これは失礼しましたね。主従の誓いを立てておきながら、名乗るのを忘れてしまいました。
私の名は、直江信綱、というのです」
ゆっくりと告げると、相手は少し眉を寄せて頭の中で反芻するようにした。
「ふうん。そうか。随分時代がかった名前だな。直江・・・さん」
そのさまが微笑ましく、可愛くて、男は他のことを忘れている。
「直江、と呼んでください。それが一番しっくりきますから。
信綱の名はもともと・・・」
生身のやりとりの方を優先していると、
(おい!直江!さっきから何で答えねえんだ、聞いてんのかお前)
今度はこちらがしびれを切らしたらしい。
「うるさい!今大事な話・・・」
そこでようやく本来の用事を思い出した直江である。
こんなところでぐずぐずしている場合ではない。さっさと邸に戻らねばならないのだ。
(そうだ、さっき言いかけたんだが、ここに車を回してくれるか。ひそっとな)
(何だ?事情があるのないのって言ってたな。何の話だよ?)
何の気なしに無頓着に問う長秀であった。そこに爆弾を投げつけるのも気の毒なものだったが、
(高耶さんを連れてゆく。その監視を巻くためだ)
細かい事情を説明している暇はない。単刀直入に言うと、
(・・・何だってえ !?)
素っ頓狂な声のあと、
(お前、いつの間に・・・。――さすが手の早いことだ。・・・王子様も気の毒に・・・こんな奴に攫われるとはなあ)
立ち直りも早く、そんな憎まれ口を叩く長秀であった。さすがである。
こんな相手を少しでも気遣った自分に腹がたってしまった直江だった。
(殺すぞ)
壮絶な怒気を含ませて凄むと、向こうでやれやれと身をすくめる気配があって、
(ああ、わかったわかった。今すぐ行く。俺様じきじきに行ってやるぜ)
(最初からそう言え)
(はいはい)
これでようやく迎えを確保できたようである。
「・・・全く」
呟くと、眼前の相手の一人芝居にわけがわからず硬直していた高耶に向き直って、直江は告げた。
「すぐに迎えが来ますから。ちょっと口の軽すぎる運転手ですが、気にしないでくださいね」


序章 第一章【】 第二章【】 第三章【〜伍】

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