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朔夜【直江編】

序章 第一章【】 第二章【】 第三章【】 第四章【〜四...】

「長い話になりますから」
 と、男は先に昼食を済ませることを提案し、彼らは他愛もない話を交わしながらしばらく寛いだ食事に時間を過ごした。
 そして、昼の一時を少しばかり過ぎた頃になって、奥のソファールームのテーブルを囲んで、ようやく本題に入ったのだった。
 それぞれ一人掛けのソファにゆったりと身を沈めていながら、それでいてどこかぴんと張り詰めたような空気が流れている。
 いよいよ自分の源に触れることとなり緊張している様子の彼。
 先刻の自分の宣言に、まだ納得しきれずに何か言いたげな長秀。
 口火を切ったのは自分だった。
「高耶さん、今から直江家の当主として事実を伝えます。
その言葉にはあなたの中に流れている“血”に対する責任を求めるような響きを持つものもあると思います。
ですが、私が神社であなたに伝えた言葉こそが私の真実なのだと、覚えておいて下さい。
私はあなたがどのような決断を下そうとあなたに従います」

 誓ったままに・・・。

「・・・ですが、一つだけ、あなたの意思でも認められないことがあります」
 男は少しの間、口を閉じた。そこにこめられた意志の固さを、相手に感じ取ってもらうために。そして、自分の中の確認のために。
 再び、開く。
「私はあなたが望んでも、二度と仰木の家にあなたを帰すつもりはありません。
絶対に・・・!」
 それだけは、許せない。
 例えあなたの意志を折ることになっても、それだけはさせません――――
「高耶さんが二度と家に帰る気がなく、このまま身を隠すというのなら、それでもいいと思います。
そうではなく、堂々と正面から離反したいのなら、私がすべて整えてみせます。
ですから・・・」
 訴えようとするところを、
「それは橘の家として、か?」
 相手の声が遮った。
「どうしてその名を?」
突然に直江家の別名を呼ばれて、男は戸惑う。
 告げてはいないはず。なぜ既に知っているのか・・・?
「・・・たとう紙に紋が入っていた」
 彼は、嘘は許さない、という強い眼差しでこちらを真っ直ぐに射抜きながら、答えを与える。
 男の告げた名とこの邸に刻まれた名の食い違いを追求する瞳だった。
「あぁ、それで・・・」
 男は少し肯いてから、相手の疑念を打ち消す。
「別に名前を詐称したわけではありません。それも含めて、すべてお話します。
 ――まだ、分からない部分もあるんですが・・・」
 そう、自分とて、わかっていないことの方が多いのだ。今度の叛乱の全貌然り、彼の存在の所以然り・・・。
 しかし、とりあえず彼の知らないこと、知らねばならないことを、今は告げる。
「そうですね、ます世界の構成から説明します。
「この世の裏とおもてについて」
「裏と表?」
 彼は首を傾げる。このようなことを聞かされては、訝しむのも当然だ。
「はい、こちらで言うのなら、人界と魔界とでも言うんでしょうか。
この世はそういった二つの界から成り立っているんです。
ただ、どちらかが裏でどちらかが表であるとは言えません。
二つの界はメビウスの輪のような関係なんです。
こちらを表と言えば確かに裏もあります。
ですが、裏だと思っていたものが気付けば表になっていたりとその境目はすごくあいまいなんです」
 そこまで話して、彼の表情を窺う。ついてきているだろうか。
 目で問うと、彼は小さく頷いて先を促した。
 では続けよう。
「この二つの界は常に隣り合っていますから、何かの拍子にもう片方の世界に迷い込む事もあります。
ですがこの境目はひどく気まぐれでして、どこにいつ現れるのか誰にも分からないんです。
ですから普段渡界に使われるのは、そんな不確定な穴ではなく、時が満ちれば通じるのが“月の道”と呼ばれるものです。
我々の界はこちらの界とは鏡に映したような関係にあります。
こちらが夏ならあちらは冬。こちらが昼なら、あちらは夜。
そして、こちらが満月なら、あちらは新月なんです。
“月の道”はこれを利用した渡界方法で、月の光から月の闇へ移動する事が出来ます。
つまり、満月から新月への移動がもっとも確実で、力のある者なら、半月の月のあるほうから月のないほうへ、さらには三日月から十八夜の月への移動も可能です」
 見ればさすがに混乱しかかっているらしい彼に、少し続きを躊躇う。すると、
「直江、次、俺たちの世界について話すんだろ?協力する。俺の力使った方が説明しやすいだろ?」
 長秀が助け舟を出してきた。
「まぁな。でも、いいのか?」
 言葉で説明するよりも、長秀の力で『観る』方が飲み込みやすいのは確かであろう。だが、この男は先刻告げた自分の決心に納得がいっていないようだった。――――それでもいいのか。
「・・・さっきの話か?よくないさ。俺は認められない。
でも、ここでそれを言っても仕方ないからな」
 男の問いに、長秀は肩をすくめる。悩む色と、諦めのような気配が一瞬その顔を曇らせた。
 おちゃらけているようでも、何だかんだいって苦労性の彼である。
 今度の男の暴挙に、本当はそうとう頭を悩ませていることであろう。国を取り戻すという重い重い枷を、もしかしたら一人その背に負うことになるかもしれないのだ。
「長秀・・・。すまない、頼む」
 さすがに済まないと思い、珍しく頭を下げてみせる男であった。
 しょうがないよな、とばかりに小さく唇を持ち上げると、長秀は二人の会話に戸惑っている彼に右手を伸ばした。
「おい、高耶。手、出しな。おもしろいもん見せてやるよ」
 そう言って、彼の目の前でぐっぱ、ぐっぱと開いては閉じて見せる。
 まるで悪戯を思いついた子供のようなその様子に、思い切り不審な顔になって、両手を後ろに回して隠す彼。
 どうやら第一印象が余程悪かったらしい。何をされることやら、と警戒しているようであった。
「なっ!けんか売ってんのか?いいから、手ぇ、出しやがれ!別に、取って食やぁしねぇよ!!」
 こちらはこちらでご立腹である。男の宣言にいい加減いらいらしているところに、それを抑えて好意で力を使おうとしたのにここまで警戒されたのだ・・・無理もない。
 しかし、彼の方にしてみれば、これまた無理もない反応なのである。
「長秀・・・。そんな剣幕で言っても全然説得力ないぞ」
 困り果ててため息交じりに呟くと、彼は後ろに手を隠したまま肯いている。
 しかし、そうこうしていても仕方がない。
 男は彼に微笑みかけた。
「高耶さん、本当に大丈夫ですよ。それにもし、あなたに危害を加えるようなそぶりを見せたら私が許しませんから」
 この言葉に、長秀が憤慨してぎろりと睨んでくるのを視界の隅に捉えたが、男は目の前の小竜を宥める方に専念した。
 安心させるような柔らかな笑みで、説得にかかる。
「ね、だから手を出してください」
 ここでようやく肯いて、しぶしぶといった感じながら、彼は長秀に両の手を差し出した。
 男の一言で静かになった彼の露骨な態度の違いに、長秀は怒り半分、呆れ半分といった風で、さし出された左手をはたいた。
「片手でいいの、片手で。――あぁ、それともこの俺様に両手を触られたいとか?」
 ぶつくさと呟いて、ふと、からかうように彼を見上げる。
「・・・なっ!!誰が!片手でいいなら初めからそう言えよな!」
 もて遊ばれているような体の彼は、怒ったような顔でぷいと横を向いた。
 いちいち元気良く反応してくれる。小憎らしいほど動じない男とは違って、実にからかいがいのある相手である。
 両手だともいってないだろう、と楽しそうに笑いながら、残っている彼の右手に自分の手を重ねた長秀である。
 目を閉じて、彼の思念に同調を試みるが・・・。
「これは・・・」
「どうした?」
 その口から滑り出た低い声に、男が訝るような眼差しを向けた。
「直江、高耶はまだ覚醒前だよな?」
 長秀は、信じがたい、といった感じで眉を寄せている。
「そのはずだが・・・」
 首を傾げて肯定すると、
「信じらんねぇ。少しでも気を抜くとこっちが引きずり込まれる。波長合わすのも一苦労だ・・・」
 ほとほと呆れはてたような呟きが返ってきた。
 そして、しばらく黙り込んで同調をかけていたが、
「つかれた・・・おい、直江、同調したぞ。話を続けよう」
 と顔を上げた。
 そして、おそらくはその頭の中に流された映像に呆然としているであろう相手に、
「これが俺たちの世界、サラビュート。
そして、空中に浮かんでいるのが、俺たちがいた越の国(こしのくに)城だ」
 簡単に説明すると、もういいだろ、とばかりに男に言葉を引き継がせた。
「先程私は二つの世界を人界と魔界と言いましたが、我々の界では人界をディアート。
魔界をサラビュートと言って、それを略してそれぞれ、ディア、サーラと呼びます」
頭の中の映像に見入りながら、彼は男の言葉をそこに重ねている様子である。
「サーラもディアと同様に色々な国に分かれていて、その中の日本に当たるのが、越の国です。
また、サーラもディアも鏡対称なだけで、見た目はほとんど同じなのですが、住んでいる者の様相は違います。
サーラにはディアの人々が空想上の生き物だと思っている生き物の血を引くものが住んでいるんです。
鬼に、妖精。悪魔に天使。そんな風に呼ばれるものによく似ています。
おそらく、ディアの人々がサーラから紛れ込んだ彼らを見て神話や御伽噺を作ったんだと思います」
 彼は小さく肯きながら、映像を追っているようだったが、ふとこちらを見て、
角や牙を持っていても優しそうな者もいれば、背に純白の翼を背負っていても機嫌が悪そうに膨れている者もいるんだな、
 と不思議そうに呟いた。人界で描かれている『彼ら』の性格と食い違っていることに違和感を覚えたようだ。
 男はくすりと笑って、肯いた。
「彼らの性質は姿から想像して作られたんでしょうね。
ディアの人々だって、同じように見えても中身は色々でしょう?」
「・・・そうだな。あれ、そう言えば、直江や長秀は何の血を引く者なんだ?」
 それで納得したらしい彼は、ふと男の種族を知らないことに思い至ったようである。
「吸血鬼、と呼ばれているものに近いと思います」
「二人とも?」
 いささか不気味なその単語に、少し目を見張っている。男はええと肯き、先ほど約束した通りに、名のことを語り始めた。
「安田家を表一族、直江家を裏一族と呼んで区別します。
双家は越の国の帝王家である上杉宗家を支えるべく存在しています。
しかし、性質は全くと言ってよいほど違います。
第一に、民や下の家のものは安田家を第一臣と見ていますが、実際は双家の許されている地位は同等です。
第二に、彼らは直江家の存在すら知りません。
直江家は基本的に裏での活動、諜報やあるいは情報操作、などを行うので、知られない方が動きやすいからです。
そして、その直江家に課せられた仕事の一つが、サーラとディア――いえ、ここで言うのなら越の国と日の国の、均衡を保つ事、つまり、 それぞれの界の者が間違って他界に迷い込んだり、必要以上の干渉を見張るのが役目です。
そして、ディアで、直江の者が動く時の通り名が“橘”なんです」
 ここでようやく始めの問いに対する答えが明かされた。
「通り名・・・じゃぁ、千秋と言うのは安田家の?」
 肯き、与えられた情報を処理しようと頑張っていた彼が、ふと鋭いところを突いてきた。
 『表の千秋、裏の橘』という、人界でのトップシークレット用語を、彼は知っているようである。
「よくご存知ですね。高耶さんの推察どおり、千秋は安田の通り名です。
そして、表だって動けない橘の隠れ蓑でもあり――――、
さらに言うのならば、安田の通り名としてよりも、隠れ蓑としての役割の方が重きを置かれています。
橘を隠す相手はディアだけではないですから」

「ところで高耶さん、ここまで一気に話しましたが、切りもいいことですし、休憩にしましょうか」
 眉を寄せて、奔流のような情報のうねりと戦っているらしい彼にそう声をかけると、ふっとその顰めた眉が和らいだ。
 肯き、ソファに沈み込んで体の固さをほぐしている。
 視線を転じれば長秀もひらひら手を振って賛同している。
 男はにっこりと笑った。
「それでは、お茶にしましょう。おいしいお茶請けを手に入れたので」


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