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GOOD LUCK !!

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Act.9

「離さない」
―――間近で光る瞳は、底知れぬ深さと熱を持っていた。

両手首をそれぞれきつく締め上げられ、ついに動きを封じられる。
体と脚で抵抗しようとするのも僅かな間で、体は相手自身の体を使って押さえつけられてしまった。
壁と相手の体との間に挟まれて、もはや身動きどころか呼吸も危うい。

この男がこんな風に強い体を持っていたことを、改めて知った。
広い胸が、頼もしい腕が、敵に回したときにどんなに恐ろしいものなのか、その大きさを思い知った。高耶自身、長身の部類に入る上、体作りが資本であるのに、その彼が思いきり抵抗して暴れようとしても、まるで赤子を相手にするかのようにたやすくあしらわれてしまったのだ。
ここにいるのは紛れもなく大人の男なのだと、初めて恐怖を知った。

心と体の痛みから苦しげにゆがんだ顔の寸前に、相手の顔がある。
しばらく、観察するようにこちらをじっと見つめていたその瞳が、さらに近づいて来て、高耶は最後の抵抗で顔をそむけた。他にどこも動かしようがなかったから。
しかし、相手は捕まえていた両の手首を頭の上に持ち上げて一つにまとめ、片手で押さえつけると、残った手を二つの体の間に割り込ませてその顎を掴んだ。

「っ」
一番予想したくなかったことが、そこで起こった。
無理矢理持ち上げられた顔に、相手が覆い被さってきたのだ。

「うぅっ」
唇が相手のそれで塞がれ、さらに侵入を許した。
隠れる暇もなく舌がからめ取られ、気味の悪い軟体動物のような感触とともに翻弄される。
―――熱い。怖い。息ができない。苦しい。
「ぅぁ……」
歯にも口蓋にも、余すところなく絡みついてくる熱い塊は、自由自在に蠢いて意識を撹乱する。

膝も立たなくなるほど吸われ、翻弄されて、ようやく離された唇はすっかり腫れ上がっていた。

「はあっ……あっ」
酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す高耶に、直江が再び顔を寄せる。
しかし、今度は何もせずに、ただ瞳を見つめている。
顎を掴んでいた左手を移動させ、相手の頬を覆うようにそっと触れて、見つめる。
その瞳には、狂気とは違う何かが宿っていた。

「うそ、つき……おまえ、オレが、嫌いだから……、こんな、こと……っ」
体の自由を奪われても瞳だけは決して屈しない獣のように、強くはっきりと意志を浮かべて、高耶が詰る。

―――やがて、奪われたときにも見せなかった涙が、つうっとこぼれ落ちた。

「違う」
それをきっかけに、直江が首を振った。
「ちがわねぇよ……」
高耶は歪んだ顔でもっと強く首を振る。
まるでその強さだけが、相手を負かす手段であるかのように。必死で。
「違います。……何もわかってない。どうして嫌いな人間にキスなんかするんですか!」
対する直江の声が段々大きくなってゆく。

相手には何も伝わっていないのか。
この口づけに、ありったけの想いをこめても。
ただの暴力的な蹂躙行為としか認識されなかったのか。

「男にキスするなんて、それだけで、嫌がらせとしか思えねぇよっ……」
「違う!嫌がらせなんかじゃない!好きなんです!」
相手の答えは男を絶望させた。
そして、怒らせた。哀しませた。苦しませた。
それらは一瞬の間に男の中を走り抜け、最後に叫びとなって流れ出た。
今しか言えないとわかっているから。ここで伝えられなかったら永遠にその日は来ないから。
混乱している相手に収拾の時間も与えずに、ただ畳み掛けて奔流のように浴びせる。

苦しげな表情で言葉を紡ぎ続ける男を霞んだ目で見つめながら、それでも高耶には意味がわからない。
こんな風に力で押さえつけて女にするように唇を奪われて。
それなのに相手の方がずっとつらい顔をしている。
オレが嫌いだからこんな酷いことをしたはずなのに。
それを言っても否定され続ける。

わからない。わからないんだ。一体何なんだよ…… !? 

「もうわかんねぇよ……おまえ、うそばっかり……ほんとは、きらいな、くせに、ぃ……」
ぬぐう術もなく頬に涙を伝わせながら、高耶はいやいやをするように首を振り続けた。

「違う!どうしてそうなるんです?……俺は……俺は、あなたを……っ!」

血を吐くような声音で、直江は一旦言葉を切った。
言うべきか、言わざるべきか。
考えている暇など……なかった。

「愛してる……!」
直江が、とうとう叫んだ。叩きつけるように。そして、哀しげに。


時間が止まった。


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