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GOOD LUCK !!

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Act.13

リビングの床の上で、誰よりも大切に慈しんできた存在を組み敷いて、直江は自らのしでかしたことに凍りついていた。
まだ細い体をしたこの少年を、快楽で押し流して蕩かせた。他人の手を知らない相手に、これ以上はない屈辱を与えたのだ。肌蹴た胸に散らばる執拗な赤い噛み痕が、掌に受けた体液が、己の罪を告発している。

嵐のような時間の後に、男は自ら終わりを悟った。
もう―――元には戻らない。
自分自身の手で、何もかもを壊してしまった。


「や……いや……もう、いやだぁぁ……こんなことするくらいなら、いっそ殺してくれよぉ……」
もはや暴れる気力も尽きた少年は、跡が残るほどに流し続けた涙をさらに迸らせながら、嗚咽の下から切れ切れに訴えた。

「た……かや……」
殺してくれとまで言われて、男は押さえつけた細身の少年を呆然とした表情で見下ろしている。
「いやだ……」
涙の海からこぼれ落ちそうな黒い瞳と、ようやく目が合った。
しかしそれも一瞬のことで、漆黒の双眸は再びきつく閉ざされ、腹の底から搾り出すような痛ましい声がその唇から生まれる。

「ぃやだ……!オレは、オレは……っ、」
右に左に顔を振りながら、嗚咽とも叫びともつかない声で訴える。

これまでの嵐の中にも見せなかったような悲しい顔で、高耶は低く叫んだ。
「―――オレは母さんの代わりじゃない……ッ!!」

そうだ。それが、一番いやだったんだ。
オレを通してお前の目は母さんを見ているんだろう?その表情のない瞳はオレを見ていない。すり抜けて遠い何かを見ている。
女にするみたいにオレを抱こうとするのは、母さんの身代わりにしたいんだろう?


―――いやだ……っ!


「身代わりにこんなことされるくらいなら、死んだ方がましだ……!」
「違う、高耶さん!」
顔をそむけて、きつく閉じた瞼からなおも涙をこぼし続ける少年を、直江は驚愕して揺さぶった。

とんでもない誤解だ。
あんなにもぶつけたのに、何も伝えられなかったのか。
あなたがどれだけ欲しいのか、怖がらせてでも伝えられたのかと思ったのは、間違いだったのか。
身代わりなんかじゃないのに。あなただけなのに!

「あの人の代わりなんかじゃないッ!俺はあなたが欲しいんだ。あなたが!あなただから、欲しいんだ……!
こんなに側にいて、一度だって触れられなくて、どんなに我慢してきたか……
こんな風にあなたを踏みにじってしまわぬようにと離れたのに、そんなの無意味だった。抑えられるはずもなかった。こんなにも欲しいのに、欲しいのに……触れられないで」

猛る思いのままに叫んだ声は、やがてゆっくりと収束していった。
高耶の肩を押さえている直江の手には、もう力はない。
言うべきことは言い、取り返しのつかないことはもう既に起こしてしまった。
これ以上、何もすることは残っていない……。

「な、おぇ……」
相手の様子が狂気をなくしたのに気づいて、少年は目を開いてその顔を見上げた。
乱れて落ちる前髪の向こうに、疲れ切って絶望した瞳と、憔悴した頬がある。

「酷いことをしました……謝って済むことではありません。謝ることもできません。それは俺の想いを否定することになるから。
けれど、あなたに一生消えない傷を追わせてしまいましたね。まともな恋愛もできないかもしれない、そんなひどい傷をあなたの心に刻みました」

直江はそっと少年の背に腕を回して、その体を抱き起こした。
「触るな」
その手を振り払って、高耶は上半身を起こして両手で自分の体を抱いた。震えて震えてどうしようもない体を、必死に抱きしめる。
「ふっ……くぅ……」
激しかった感情の糸が切れて、嗚咽がこぼれだす。
どんなに悲しかったか、怖かったか、伝わってくるような声音だった。

その姿を為すすべもなく見つめた直江は、かくりとうなだれた。
肩を落とし、両膝を床の上に投げ出して、天から見放された追放者のように。

それをしばらく見ようともしなかった高耶は、やがて相手の体が小刻みに動き始めたのに気がついた。
床に、ぱたりと音をたてて落ちたものに、彼は驚いて顔を上げた。

直江が、静かに泣いていた。
それが、悲しみの涙なのか、後悔の涙なのか、透明な一筋の流れが端正な頬を伝っている。


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