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Act.10
「―――ぁに、言って…… !? 」
唇を引き結んでしまった男の目の前で、からからに乾いた喉から微かな声がこぼれた。
紙のように真っ白になった顔。
先ほどまでの混乱も怒りも悲しみも、何もかもが消えてぽかんと空虚な瞳。
尋常でない衝撃を受けると、人は心が追いつかないのだという。
彼はまさに、そういう状態だった。
そんなひと相手に卑怯だとわかっていたけれど、直江は再び唇を寄せた。
今度はただ、触れるだけ。
体温までも忘れてしまったかのようなひんやりとした相手の唇が、男のそれが触れた瞬間にぴくりと動いた。
「愛している、と、言いました」
見開かれたままの瞳を痛々しく見つめて、静かに告げる。
「あなたを愛しています。人が人を愛する、その想いで」
女扱いするわけじゃない。男だから好きだというわけではましてない。
人間が、動物の自然な行為として営むものとは全く違う情動を抱く行為、その特異な感情。
他者の存在を欲するというその想いで。
あなたを愛している。
仕事仲間の息子で、しかもまだ子どもで、
分別のある大人であろうとするのなら、決して欲したりなどしてはならなかった。
相棒があんな風に突然に死んでしまわなければ、三人家族は単なる同居人としての関係を保っていられただろう。
三人で保っていた均衡が崩れたとき、俺はあなたと正面から向き合ってその存在ごと自らとぶつけあい育てていかなければならなくなった。
適当な関係ではいられなかった。
親子になろうと試みた。いっそとことんまで細やかに触れ合えばよいと思った。そうやって『他者』であるという意識を忘れることができるのなら。
無理だとわかっていながらの選択だったが、それでも二年以上は抑えていられた。少なくともこの人が全く気づかなかった程度には。俺は自然な態度でいられたらしい。
―――けれど、もう限界だ。
俺を信じ切っているあなたの笑顔を見るたび、無防備な言葉を聞くたび、確実に俺の中の隠したかった想いは生々しく傷口を開いていった。
あなたは何も知らずに俺を慕っている。俺がどんなものを心の中に飼っているのか、気づいたらどんなに恐ろしく思うだろう。
気づかれたくない。知られたくない。けれど、抑えていられない。
新たにコンビを組んで仕事をし始めるようになって、あなたの成長ぶりを目の当たりにさせられたとき、『親子』なんていう付け焼刃の枷は簡単に砕け散ってしまった。
あなたは一人の人間で、俺とは別個の存在なのだ。守るべき息子でもなんでもない。
目の前で向日葵のように明るく笑う、たった一人の癒し手。
愛している。
太陽に焦がれた鳥はやがて、自らの体を焼かれるとわかっていてそこを目指すだろう。
そうして羽の最後の一片まで燃え尽きたそのとき、初めて報われるだろう。
一つになれたなら。
―――あなたが私を焼き殺すのなら、それでもいい。さあ、この救いようもない男に、どんな答えをくれるの……?
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