[ contents ] index - menu - library - BBS - diary - profile - link

GOOD LUCK !!

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16...


Act.7

「馬鹿、馬鹿だ、あなたは……!」

少年の体は、ほんの短い間にずいぶんと細くなってしまっていた。
後ろから抱きすくめて、直江はそのことに愕然とした。
それと同時にまた怒りがこみ上げる。

「なんて馬鹿なんだ!こんなに、こんなに細くなって……!」
「何すんだ!離せよっ……!」
暴れる高耶の声が歪んでいることにも気づかずに、直江は激しく腕を締めて怒鳴り続ける。
「こんなになるまで傷ついて!ひどい勘違いもいいところだ。俺があなたを邪魔に思っている?足手まとい?
……そんな馬鹿な話がどこにあるんです!」

それは相手の勘違いを責めるだけの怒りではなくて、自分のこれまでの態度が相手にそんな負担を与え続けてしまったということへの怒りでもあった。
しかし、相手にそんな心のうちが読めるはずもない。
高耶はわけがわからずに混乱して叫びだした。

「なに?何なんだよ!お前、一体どういうつもりなんだよ!?ワケわかんねーよ!
……っ?」
苛立ちと爆発した感情のままに、直江は強く強く相手をかき抱いた。
「なおえっ!?」
これまでに何度となく懐いてきた温かな胸が、これまでとは全く違う燃えるような熱を含んでいて、高耶は混乱した。

腕のきつさには手加減がない。前に抱きしめてくれたときにはいつも、慈しむような柔らかさで抱き込んでくれたのに。
この激しさは何だ。
まるで、別人。
見知らぬ、一人の『男』がいる。
『親』でもなく、『兄』でもない。
一人の、『男』がいる……

―――怖い。
こわい……!

「……どういうつもり?知りたいんですか?本当に?」
ふいに一転して声を静めた直江に、高耶の瞳が見開かれた。

こういうときの直江は心の中ではひどく燃えている。嵐の前の静けさなのだと経験的に知っている。
ぎりぎりまで引き絞った弓に、つがえられた矢はまさに空を切り裂く直前の静寂。

その気配を感じたか否か、直江は腕を掴んだまま引き摺るようにして乱暴に相手を歩かせた。
「話してあげましょう。こういうことです」
「な、に…… !? 」
ソファの背に押し付けられる格好に追いつめられて、体を向き合わされた。
隠す間もなく涙が見つけられて、相手の瞳が驚く。

―――激情に燃えていた顔が、針で突かれでもしたように力を失ってゆく。
何かを言い出そうとかすかに動いた唇は、音を紡がぬままに閉ざされた。

「なおえ?」
相手はそのまま、長いこと動きを凍らせていた。
そしてやがて、長い長い息を吐くと、自分を容赦のない力でソファに押し付けていた手を離して、小さく首を振った。

「……すみません。乱暴をして」
そう、哀しい声で告げて、体を離す。

手を離されて、糸が切れたように膝が崩れた。
そのままぺたんと座り込みそうになるのを何とか堪えて、高耶は距離をとった直江を見上げる。
まるで、こちらの方こそ縋りつきたそうな瞳をしていた。
怖い思いをさせられたのに、離されることを恐れている。

「直江?話があるんじゃなかったのか……?」

お願いだから、もう一度オレを見て。
心の中を見せて。
怒りでもいい、炎でもいい、お願いだから本当の感情を見せて……!

もう目を逸らさないで。誤魔化さないでくれ……

「なおえ……」

けれど、そんな声にならない訴えは届かなかった。
直江は再び食卓の椅子に座り込んだ。
疲れきったように、どさりと無造作に。
そして、卓の上に両肘をついて組んだ拳に額を伏せた。

「……いいえ、何でもない。―――どうぞ、部屋へ戻ってください」

どうやら本当にそのまま自分の世界に入り込もうとするらしい気配を感じて、高耶は猛烈な何かが自分の内側から膨れ上がってくるのに気づいた。

額を拳に打ち付けて、きつく瞼を瞑って。
憔悴した頬が痛い。
乱れた前髪がばらりとこぼれて、その苦しげな顔を隠そうとしていた。

……どうして!
どうしてそんなに自分に篭もってしまうんだよ。一人で抱え込んでしまうんだよ。
どうして話してくれないんだよ。一体何にそんなにも苦しんでるんだよ。
どうしてオレを拒絶するんだよぉ……

もう全然、わかんねぇ!

「馬鹿は……バカは、どっちなんだよ!?」

とうとう怒鳴ってしまった。
一旦堰を切ってあふれ出した感情はもう、止まらない。
これまで溜まりに溜まってきた不安と苛立ちと恐怖と思慕が、コントロールを忘れて暴れ出した。


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16...

[ contents ] index - menu - library - BBS - diary - profile - link