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Act.2
「―――という次第なんだが、どうしたものかな?」
面白そうに笑いながら、男は向かいのソファに腰掛けてコーヒーカップに口をつけている相手に声を投げかけた。
「どうしたもこうしたも、引き受けたものは、きちんとやり通すんだな」
相手はカップを唇から離してすげなく答えたが、その目は同じく笑っていた。
質素な布張りのソファに長身を沈めたその男は、彫りの深い端整な顔立ちの落ち着いた紳士である。
紳士、というとまるで五十絡みの男のようだが、実際には三十そこそこといったところの若い男だ。
物腰が穏やかで動きに忙しなさが見られないのが、男に実年齢以上の風格を与えている。
男の髪は日本人にしては茶色味の強い、柔らかそうな質のもので、額の右側で分けて流されていた。
ワックスを使ってはいるようだが、決して固くしてはいない。手櫛でかき上げたような自然な流れは、相対する黒髪の男と対照的だった。
「他人事だと思って言ってくれるが、お前も当事者の一人だろう?」
部屋の主に全く気兼ねしない態度でコーヒーを味わい続けているその男に、この事務所の主、開崎はわざとらしく首を傾けた。
「『の一人』、か。確かにそうだがな」
空になったカップをソーサーの上に置いて、態度の大きい客は伸びをした。すっかり肩の力を抜いているところなど、まるでこの部屋に住み慣れた者ででもありそうだ。
男は、この部屋の主の親友とも呼べる間柄だった。
「『の一人』の最後の一人は、今日は一緒にいないんだな。珍しい」
白地に青の長方形が描かれた箱から、長い指でシガレットバットを取り出した男に灰皿を寄越してやりながら、開崎がそう言って笑った。
相手は一瞬黙って手を止め、一つ小さなため息をつくと肯いた。
銜えた煙草に火をつけて一服ふかすと、それを口から取り出して煙を細く吐き出す。
そうして、男はようやく口を開いた。
「……最近、あまり傍にいるのが苦痛になってきてな」
滅多に吐かない愚痴に、開崎は瞳の中だけで微笑んだ。
相手の悩みも何もかも知っている身は、この無敵そうな男が実際にはどんな葛藤を抱いているのかがよくわかっていて、彼は無二の親友にせめて明るく返してやることにした。
努めて軽く笑い飛ばすことが、一人で暗くなりがちな男にはよく効くと思ってのことである。
これは、本人たちの問題であって自分が介入することではないから、嘴を突っ込むことはできない。
他に何もできないから、今だけでも気を晴らしてやりたい。
「何もそんなに悩むことはない。こんなものは当たって砕けろだ。お前のいつもの自信はどこへ消えた?ん?
天下一品の怪盗紳士・夜叉殿が情けないぞ―――?」
わざと絡むようにネクタイをつかんで引っぱってやると、少しだけ相手の瞳が笑った。
「そうだったな。俺はお前に認められるほどの男だったか。いや、お前にも負けん」
「おう、お前もなかなか捨てたもんじゃないだろう。だが、俺には劣るぞ?」
軽口を叩くほどには、元気を回復したらしい。
少し安堵しながら、その一方で開崎は考えていた。
こいつは妙なところで臆病な奴だからな……あまりにも見ていられないようになったら、一肌脱いでやらねばなるまい。
人の恋路に口を挟む奴は馬に蹴られろというが、しかしあんまりじれったい奴らだ。
乱れたタイを直す仕草の完璧な男ぶりを見ながら、彼は深いため息をついていた。
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