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GOOD LUCK !!

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Act.4

綺麗な動きをする人間がいる。
ふと、視界の隅にとらえた人影に、開崎はぴくりと反応した。

雑踏の中にいては、意外に目立つ場合がある。
例えば、そんな中でも鮮やかな軌跡を描いて動く、彼のような人間は。

「―――高耶くん」
それが誰であるかに気づいて、人の波を掻き分けた。

「開崎さん?珍しいところで会いますね」
振り向いた彼は、いつものように白い歯を見せて明るく笑った。
思わず見とれてしまうような、向日葵を思わせる笑顔。それを常に独占しているあの男に、嫉妬めいた痛みと、同時に、気の毒な想いを抱く。

「今日は君が夕食の担当なのかい?」
並んで歩き出しながら、彼の抱える紙袋に視線をやった。
香ばしそうなフランスパンの頭がそこから飛び出している。
傍らに、青い野菜の顔が覗いていた。
「はい。ついでに明日の朝も。
今夜はうちに帰ってくるって電話があったんです。ここのところ外泊が続いてたんで、心配してたんですけどね」
彼は嬉しそうに笑いながら、そう言った。
久しぶりに二人で食事ができて嬉しいのだと、全身で表しているような姿だ。

それが、開崎には痛かった。

「……あいつもなんだかんだと忙しい奴だからな。風来坊みたいな時もある」
と、それだけ、返した。
荷物、持ってあげよう、と手を伸ばし、悪いですよ、と固辞するのを、たまに会ったときくらい甘えてくれていいんだよ、と言って受け取る。
見た目よりも重いそれに、彼の張り切る気持ちが詰まっているのだと、わかって辛かった。

どうしてあいつが家を避けるのか、その理由はよく知っていた。
それが、この眩しいような青年のせいなのだとは―――彼に何の落ち度もないことがわかっているから―――告げられようはずもなかった。
家で、たった二人きりになって、こんな人を相手にしていたら、それは辛いだろう。
大事にしているからこそ、辛いのだ。
壊したくないから、自ら距離をおこうというのだ。

男がこの青年をどれほど大切にしているか、開崎はよく知っていた。
そんな二人に、それでも干渉できないことが、今は苦痛だった。

「……そうかな」
青年が、にわかに顔を曇らせた。
「どうかしたのかい」
「―――仕事の下調べだけなら、こんなに遅くまで毎日出かけない。まして泊まってくるなんて、前にはこんなことなかったのに。外泊するときは決まって週に一度だった。他の日はどんなに遅くなったって、日付が変わったって、家に帰ってきたのに……」
空っぽの腕で自らを抱くようにして、彼は俯いた。
「高耶くん……」
思わず歩みを止めたが、相手は淡々と足を運んでゆく。
一瞬それを見送りそうになって、少し慌ただしく追いつくと、彼が呟いた。

「直江は、オレを避けてるんです。オレ、わかってるんだ……」

否定は、できなかった。

「開崎さんも気づいていたんでしょう?あいつ、オレが仕事に加わるようになってから、変わっちまった……。
どうして。オレが足引っぱってばかりだから?だから、怒ってるんだ……」

彼は誤解している。
あの男は、決して彼を邪魔に思って避けているわけじゃない。
怒ってるなんて、とんでもない。
嫌いになんて、なっちゃいない。

眩しすぎて、いとしすぎて、怖いんだよ。
愛しているんだよ。
だから、自分を抑えられるうちに物理的距離を置こうとしているだけなんだ。
あの男は、本当は見た目よりもずっと脆い。
君を壊したくないから、君との穏やかな日常を壊したくないから、告げられないでいる。
拒絶されたら?
怖がられたら?
それが怖くて、愛しているなんてとても言えない。
自分に架した枷を、もうどうにも抑えておけなくて、暴れてしまいそうで、怖がっている。
取り返しのつかないことをしてしまう前に、離れてしまおうとしているんだ。

「高耶くん」
自分に言えるのは、これだけだ。
「尋ねてごらん。怖がらないで、直江に訊いてごらん」

「こわい……」

「何が怖い?」
「直江に……嫌いだって言われたら……っ
お前なんか要らないって言われたら……!」

―――ほら。
彼は、お前を怖がったりなんかしていないだろう?
だから言ったじゃないか。直江。

「大丈夫。直江は君が大切だ。君の思っている形とは少し違うかもしれないけれど、怖いことなんかない。
訊いてみなさい。今夜、あいつに訊いてごらん。きっかけを与えてくれ。あいつに」

駅へ下りる入り口まで来て、開崎は抱えていた包みを相手に返した。
青年の思いのこもったその包みは、確かな重みを以って、その腕に戻る。

「さあ、笑って。君の笑顔が何よりのご馳走だと、あいつなら言うだろう。
家に帰って、支度をしておやり」

いらえはなかった。ただ、少しだけ歪んだ笑顔が、開崎を見送った……


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