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GOOD LUCK !!

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Act.16

「高耶……」

泣いて泣いて赤く腫れた目だけれど、それは笑っている。
いつもと同じ、いや、いつもよりも深みを見せるその瞳の奥。
何も知らない子どもから、ほんの少し何かを乗り越えたような強さが、そこに加わっていた。

絶句して相手を見つめている直江に、高耶は精一杯の笑顔を浮かべて告げる。

「誤解が解けて、よかった。オレ、お前に嫌われて邪魔にされたのかと思って……本当に怖かったんだ。もう要らないって言われるんじゃないかって、死ぬほど不安だった。
そうじゃなくて本当によかった。
嫌われたんじゃなくてよかった……!」

相手に施された行為の恐ろしさも怒りも、その安堵の前には小さくなった。
根源的な不安から解放されて、それがただ嬉しい。
だから、オレは笑える……。

直江、お前にはそれがわかっていないのかな。
だってこんなに痛い顔をして叫んでる。

「あ、なたに……嫌われるべきは、俺です!こんな風にあなたを踏みにじって……人間として最低の行為をしてしまった……それなのに、あなたはまだ笑ってくれるんですか。こんな俺に笑顔を見せてくれるんですか。
どうしてあなたはそんなに強いんだ……!」

やっぱり、わかってない。
オレはお前を許すとか許さないとか、それ以前のレベルで今、とても幸せなんだ。
強いわけじゃない。優しいわけでもない。

「強くなんか、ねぇよ……お前に捨てられるのが怖くてこんなに怯えてた。弱いから、怖かった。本当に怖かったんだ……」
声が震えたのがわかる。
「高耶さん」
心配そうな瞳をする直江に首を振って、今度はちゃんと笑ってみる。
「お前のしたことは許すなんて言えないけど、それでも、誤解が解けて本当によかったと思ってる。
何もわからずにいる方が、ずっと怖いから。
お前がオレを避けてた理由が想像していたのとは正反対で驚いたけど、そのことだけをいうのなら……オレは嬉しいんだ」

「……うれしい?」
直江は呆然とした表情で鸚鵡返しに呟いた。

「だって……オレのこと、好きだから、ってことだろ?
それは……嬉しいよ。今こんなにほっとしてる。あんなに怖くて不安だらけだったのが、正反対の結果だったんだから」

高耶の笑顔は、だからこんなにも眩しい。
心からの安堵が生む笑みだとわかるから、直江は胸が熱くなった。
「高耶さん……あなたという人は」

「泣き笑いは怖いからやめろ。いつもみたいに笑ってくれよ。オレはお前の笑う顔が好きなんだ」
文句なしの端整な顔立ちに浮かぶ涙と笑みに閉口したようなふりをして、高耶は悪戯っぽく相手を小突く。
「……ええ、わかりました。あなたのためなら、何でもします……どんなことでも、必ず……」
「なんて言って、また泣いてんじゃねーか。立場逆転だな」
「高耶さん……」
くすくすと笑って、高耶は直江の首を再び抱きしめた。
そして、耳元に笑いながら囁く。

「好きって、言って。なおえ」
甘える子どものような彼に顔を崩して、涙声で応えた。
「あなたが好きです。高耶さん、愛しています―――」

「もう一回」
せがむ声も、歪んでいた。

直江は強く相手の背を抱いて、何度も言い続ける。
相手の心に巣くう不安を払拭しようとするように。
「好きです。あなたが好きです。何よりも愛しています。誰よりもずっと……」
何度も何度も。

告げ続けて、ようやく小さな言葉が相手の唇からこぼれ落ちた。
「うれしい……」


その後は、ひたすら言葉を交わし続けた。
黙っていたせいで生まれてしまった溝をすっかり埋め戻そうとするように。
逃げたためにいっそうこんがらがってしまった糸を、ゆっくりとほぐしてゆく。

「愛してる……側にいさせてくれてありがとう……俺を拒絶しないでくれてありがとう」
抱きしめて、宥めるように背を撫でてやりながら直江は繰り返す。
「ん……ごめんな、応えてやれなくて。オレはまだ、父さんと切り離して考えられないから。
でも、もう少し時間をくれ。きちんと考えてみるよ。お前とオレと、どうしたいのか……」
気持ち良さそうに目を閉じていた高耶は、瞼を上げて真剣な眼差しになった。
「無理、しなくていいんですよ。あなたは俺とは違う。こんなひどい男のことを真剣に考える意味なんか、ない……」
首を振る直江に、高耶は相手の胸をこつんと小突いた。
「無理じゃない。オレがそうしたいからするだけだ。
これまで父さんだと思って懐いてきたけど、オレの気持ちは本当はどういう種類のものなんだろうって、ちゃんと考えたい」
まっすぐに見上げてきた瞳があまりにも綺麗で、直江はたまらなくなった。
「……ありがとう……」
また緩みそうになった涙腺を必死で引き締めて呟くと、相手がさらなる爆弾を投げつけてくる。
「直江、好きだから。どんな『好き』なのか考えたい……」
とうとう、視界が歪んだ。
「こんな俺を……これでも好きと言ってくれるんですか」
滲んだ声に小さく笑いながら、高耶は直江の頬に手を伸ばす。
「好きだよ。好きだから……あんなに怖かったんだ。捨てられたらどうしようって不安になったんだ。
何もわかってねーなぁ、馬鹿野郎」
ぺちぺちと叩かれて、直江がくしゃりと顔を歪ませる。
「高耶さん……」

しばらくそうして静かにしていたが、やがてふと時計を見た高耶が驚いたように体を離した。

「もうこんな時間じゃねーか。さあ、もう寝るぞ!オレ、風呂入ってくる。
……誰かさんのお陰で悲惨なことになってるしな」
「うっ……すみません」
「罰として掃除だけはしといてもらおうか。オレが戻ってくるまでにきれいにしろ」
「わかりました」







二人はその晩、久しぶりに一緒に眠った。

高耶は長い間失われていた温もりを再び得て、猫のように気持ち良さそうな寝顔をさらしている。
幸せな一対の姿がそこにあった。
尤も男の方は、焦がれた相手がすぐ隣にいるという状況は、何もかも打ち明けてしまった後であるがゆえに一層辛かったのだが、『寝てる間に妙なことをしたら絶交だからな』と釘を刺されてしまえばどうしようもない。
そもそも、永遠に失っても当然の、相手の無防備な寝顔を、再びすぐ傍に見ていられるというだけで一生分の幸せを得たようなものだ。


まるで奇跡のようだ。こうしてまたすぐ側に息吹を感じていられるなんて。
今夜は、あなたの寝顔を見つめて眠ることができる。
ありがとう。
この世のすべてに感謝を捧げたい。
―――そして何より、あなたに。

俺を許してくれて、ありがとう……―――


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