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Act.5
帰宅して、高耶はまだ同居人の帰っていないその家で、一人いそいそと夕食の支度を始めた。
朝は洋食中心の彼らだが、同居人も彼も晩は和食派である。
今夜の献立はカレイの煮こみと蛸の酢の物、それから山菜炊き込みご飯に生麩の吸い物だった。
普段から家計に気を使う高耶にしては、贅沢な品が多い。
それは、最近外泊が続いている彼の同居人が久しぶりに今夜は家に帰ると連絡してきたからだった。
「……」
そこまで考えて、高耶は重い息をついた。
―――外泊。
同居人はしばらく前から様子がおかしいのだ。
自分が彼の仕事に加わるようになってから。晴れてお荷物から相棒に昇格できたと思ったのに、今度はあいつの態度が変わってしまった。
あいつはオレを避けている。
なぜだかわからない。
やっぱりオレなんかが仕事に加わったのが邪魔だったんだろうか、と思っても、どうにも説明がつかない。仕事が終わったときにはいつも笑顔を見せて褒めてくれた。その言葉に嘘はなかったと思う。
うぬぼれるつもりはないけれど、そうまずい行動もしていないと自分で言える。
なのに、どうして。
あいつはそれ以来、外泊を繰り返すようになった。
家に帰れないという連絡だけはくれるけれど、朝は明け方に帰ってきたり、昼まで戻ってこなかったり、めちゃくちゃな生活になっている。
帰宅時には、酔ってこそいないものの、いつも微かにシャンプーの匂いをさせている。いくらオレがガキでも、その意味くらいわかるよ。
何なんだろう。
あ、そうか。
ガキのお守りは卒業、ということか。
オレもいちおう仕事できるようになったわけだし、そしたらこれまでみたいに親代わりで一日中べったりくっついている理由もないのか。
重荷を下ろしたんだな。直江。
それならいい。わかった。実際これまでずいぶん面倒かけてしまったし、もうそろそろ解放してやらなきゃいけないよな。
考えながら手だけはてきぱきと動かして料理を作り上げてしまった高耶は、とりあえず空の器を卓の上にセッティングし終えて、ソファに腰掛けた。
エプロンを外して体を伸ばす。
背が高い方に分類される彼には、女性に合わせた高さの調理台での仕事は肩と腰にくるのである。
そうて伸びきった体を再び元に戻すと、彼はまたため息をついた。
「それでも、いやなんだよ……」
それでも、この状態はいやなのだ。
もう解放してやらなきゃならないのに、オレは我が儘だから、いやなんだ。
こんな風に顔もろくに合わさないような同居生活なんて。
これまでがいつもいつも側にいてあの眼差しに守られてきたから、それを失うことが単純にいやだ。
このあたり、ガキだと思う。
開崎さんはああ言ってくれたけれど、オレには不安ばかりが積もる。
帰ってきたら今日こそ尋ねてみなければと思うけれど、実際に顔を見たら、そんなことできるだろうか。
どうしよう。
本格的に空を仰いだとき、玄関のチャイムが鳴った。
「あ」
悩んでいようとなかろうと、帰ってきた同居人を迎えるのは習慣。
走って玄関を開けに行く。
「ただいま帰りました」
一足早く鍵を開けた直江が、ドアを閉めながら微笑みを浮かべた。
「おかえり」
昔の習慣なら、ここで抱きつくところなのだが、相手の態度がおかしくなって以来、それは行われなくなっていた。
普段ならぽんと抱き返してくれる相手の腕が、あれ以来ごく軽く叩くだけになったのだ。
歓迎されていないなと感じて、もう抱きつくのはやめにした高耶だった。
「いい匂いがしますね」
穏やかな笑みを浮かべて、直江が首を傾げた。
スリッパに履き替えて床に上がった彼に、高耶が笑って肯く。
「今日はけっこう贅沢したから。折角二人で食べれるんだしな」
嬉しそうな笑顔を見て、はっとしたように彼の同居人は口を閉じた。
ややあって、
「どうしたんだ?」
黙っているのを不審がった高耶が顔を覗きこむと、直江はようやく口元の力を緩めて、
「……いえ。淋しい思いをさせてしまいましたね……」
済まなさそうな曇った瞳が高耶を見たが、しかし―――これからはそうはしませんから、という一言はついに続かなかった。
「―――ま、とにかく食おーぜ。座ってろよ」
それに気づいて、一瞬瞳を伏せた高耶だったが、すぐにそれを振り切るように首をふって、明るい仕草でテーブルを指す。
おとなしく席についた直江は、どこか別の場所を見てでもいるような鈍い瞳を、空のコップに注いでいた。
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