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Act.3
「おおい、怪盗部門担当、千秋〜!アテナがお呼びだぜ」
「……その肩書き、やめれ」
スチールのドアを足で開けて入ってきた大柄な男が部屋全体に響く声で呼ばうと、六つ固めて並んでいるスチール机の一つから、うんざりしたような声が返った。
「お〜ぉ、また山つくってからに。どうせ灰皿持って移動するんなら途中で捨てて来いよ」
その隣に至って席についた男が、返事した相手の机を覗きこんで呆れた眼差しを向けた。
すっかり吸殻に埋まってしまっている灰皿の持ち主は、肩をそびやかしただけ。
ガタンと音を立てて椅子を引くと、立ち上がって伸びをし、ついでに欠伸もかまし、デスクワークで固くなった体の調整に満足するとおもむろに足を運び始めた。
「資料室へ来いとさ」
その後姿がドアの向こうに消える前に、同僚が声をかける。
それに軽く手を振ることで答え、千秋は取っ手を回した。
「今さら何で資料室なんだよ」
埃が舞う紙だらけの部屋に入ると、後ろ手にドアを閉めながら彼はそう毒づいた。
「記録なんざ、とっくに洗ったろうが」
「うるさいわね。この部屋が好きなんだから、いいでしょ」
「そりゃお前はそれでもいいんだろうが、俺様はこんな咳を誘発するような部屋には一分一秒だって長くは居たくねーんだよ」
広いとも言えない、密度だけが異様に濃いその部屋の、窓に近いところにしつらえてある古い木製の机に、彼を呼びつけた相手がいた。
すりガラスを通して降り注ぐ真昼の陽光に縁取られたその女性は、口を開かなければ、かなりの美女といえそうである。 尤も、その実態を知る人間からは戦いの女神『アテナ』と呼ばれてあるいは恐れられ、あるいは憧れの眼差しを向けられているのだったが。
彼女は、古ぼけて表面の塗装もすっかり剥げ落ちた板の上に、そこだけ現代的な薄いノート型PCを置いて、何やらカタカタと忙しく作業をしている。
「……で、わざわざ呼びつけたのは何なんだ、綾子?新しいもんでも出てきたか」
後ろに回って液晶画面を覗き込みながら、千秋が尋ねた。
ようやく、瞳が真剣な光を帯び始めている。
「う〜ん、前々から気になってはいたんだけどね、」
綾子と呼ばれた彼女は、トラックボールを操作して、最小化してあったウィンドウを立ち上げた。
「『夜叉』の人物像が全く作り上げられないのは、目撃証言があまりにもばらばらだからなのよね」
「変装の名人でもある」
「それにしてもちょっとおかしくない?日本人離れした長身だって言う人がいるかと思えば女か少年みたいな体格だって言う人もいるのよ」
長い綺麗な指の先でウェーブヘアをくるくると巻きつけながら、綾子が眉を寄せる。
「ある程度は靴の踵や背骨の曲げ具合で偽装できる範囲だが……」
千秋は背中をぐっと反らして背骨を鳴らしながら答えた。
綾子はため息をついて首を振ると、ふと頬杖をついて机を爪で叩き始めた。
「そういえば昔居たわよね。怪盗二十一面相だっけ。自在に変装をこなす怪盗が」
「それは小説だろ。こちとら現実社会に起こってることなんだぜ?嘘みたいな話だがな」
彼らが追っている『夜叉』とは、三年前から巷を騒がせている怪盗である。
一昔前の小説の如き、『予告状を出してその通りに盗みを実行する』怪盗だった。
神出鬼没、姿も百相、そして予告したことを失敗することは一度も無い。
殆ど人目に姿を残さず、無論のこと暴力沙汰は起こさない。
かの有名なリュパンを思わせる怪盗紳士として、巷ではすっかり人気者になっているきらいすらあるのだった。
千秋と綾子は、この怪盗が世に現れ始めた頃からずっとその足取りを追っている刑事コンビなのである。
何度も予告現場に張り込んだが、未だ姿を見たことがないのが、二人にとっては余計に闘志を燃え立たせる結果になっている。
「……夜叉って本当に一人の怪盗の名前なのかしら」
ふと、綾子が呟いた。
「何だと?」
ぴくりと反応して、千秋が眼差しを鋭くした。
綾子はくるりと後ろを振り向き、
「もしかして複数の人がいて、それぞれが交代で犯行に及んでいるとしたら……」
二人の視線が交わった。
「……面白え説だ」
「よし。今後はそのつもりで対応してみましょう」
二人は肯きあうと、次回の現場、上杉グループ本社へと出かける支度にかかり始めた。
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