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GOOD LUCK !!

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Act.12


「―――俺はあなたの父親になればよかったんですか」

声が、ひどく平坦だった。
この状況には不似合いなほどに、奇妙な静けさがそこにあった。

「直江?」
何かがおかしい、と高耶が不安げに相手を見上げる。

「―――優しく、大事にして、大きな広い心で見守っていればそれでよかったんですか」
相手の目はこちらを見ていなかった。
何かもっと別のものでも見ているかのように、すり抜けていった。
―――完全に据わってしまっている。その瞳。

「な、に……」
わけもわからず、恐怖が足元から這い上がってくる。
直江が何を考えているのか、全くわからない。
読めない。こわい……

男の手が伸びる。
「……俺は、父親になんてなれない。こんなにも……」
「なおえっ!」

とうとう悲鳴を上げた。
虚ろな瞳をした男は、高耶の両肩を無造作に押さえつけて、淡々と繰り返す。
どこを見ているのかもわからない、別人のような、別次元の人間のような直江がそこにいた。
まるで感情を見せない所作で、しかしその腕は奇妙に強い。

「なおえ!なおえ、どうしたんだよ、こっち見ろよ……ちゃんとオレの目を見ろよっ!」
相手を揺さぶろうとするも、瞬く間に動きを封じられ、先ほどのように密着させられた。
思わず身をすくませる。
心の見えない瞳が近づき、すり抜けて耳元に落ちた。
「愛してる……」
唇が首筋をなぞってゆく。
「な、……なおえぇぇっ!正気に戻れよ!なおえッ!」
恐ろしさと、やるせないような悲しみから、高耶はめちゃくちゃに暴れ出した。
それを押さえつけて、何度も唇を押し当てる。痕を残すほどきつく吸い上げて舌を這わすと、相手の体がひくりと震えた。

「ぁ」
こんな風にされて嫌悪感以外のものを感じてしまうなんて。
高耶はそのことに怯えた。

「いや、いやだ、いやだぁぁッ!」
噴き出した涙は羞恥でも恐怖でもなかった。ただただ、自らへのすさまじい嫌悪感が、その滂沱たる液体を生む。
「いやぁぁ……」
男の手が体を開かせてゆく。細やかで巧みな動きが、抵抗を奪い、快楽だけを植え付けてゆく。
何も考えられなくなり、勝手に体がとろけてゆく。
身も世もなく乱れて、求められるままの言葉を紡がされて。

―――とうとう、相手の手に穢れの証を吐き出させられた。

「ぅそだ……」
その動物的衝動が去ったのち、ようやく帰ってきた正気に、高耶は震え出す。
たった今までの、自分の狂態を、確かに覚えている。
こんなにもいやなのに、あられもなく声を上げて、あまつさえ自分から愛撫をねだった……。

何て酷い暴力。
感情をむりやり官能で押し流して、体の快楽だけをこの頭に満たした。
心と体が引き裂かれた。
気が狂いそうだ。あんなにもいやで、いやで仕方がないのに、この体だけが勝手に動き出す。
なんて浅ましい体。

「ァッ?」
ふいに、体を横たえられ、床に引き倒された。
「やめろっ!やだ、もぉ離せぇっ!いやぁぁっ」
中途半端に脱がされた衣服が、嫌悪感と恐怖と背徳の思いをさらにあおる。
いやでいやでたまらないのに、ふれられると何も考えることができなくなる。
体が反応を返してしまう。
「ぁああっ……」
みっともないくらい、声がこぼれてしまう。
「ぁんっ……はぁん」
はだけられたシャツの合わせ目から覗いている尖りに唇をつけられて、焦れたように頭を振る。
振り乱した髪がぱさぱさと音をたてて、ふいに高耶を正気に立ち返らせた。
途端に彼は絶叫した。

「あああああああぁぁ」

耐えられなかった。
自分を見ていない男にこんな風に翻弄されて、心が拒絶しているのに体は嬉々として受け入れようとする。
その斥力反発が、限界を越えた。

「いやあああァァァァァ……―――」

―――尋常でない叫び方に、男の動きがふと止まる。
「―――っ―――」
その瞳に徐々に光が戻り始め、直江はようやく自分のしでかしたことを悟った。

床の上に、誰よりも大切にしたかった存在を組み敷いている。
乱れた着衣が痛々しい。上半身にはそこかしこに赤い花が咲いていて、自分がどんなに執拗な愛撫を、いや、暴力を施したのかが明らかだった。もう少しで、体さえ繋いでしまうところだった。
憶えている。無理やりに体をとろけさせ、快楽だけを与えて心を引き裂いたんだ……。

「ひっ……ひくっ……」
意志ではない狂態を晒させられた少年は、涙に濡れた睫毛をきつく閉じて、もはや何ごとも為す術がなくひくひくと震えている。


―――おしまいだ、と、直江の中で誰かが宣告した。
もはや、粉々に壊してしまった宝は戻らない。
大事に大事に守ってきた硝子の存在を、自らの手で無残に打ち砕いてしまった。
永遠に赦されざる罪を犯した―――


少年の口から、嗚咽ではない言葉がこぼれるまで、凍りついたように直江は動かなかった。


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