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ACT.6.0
高耶は顔を背けはしなかった。
嫌悪も怖れもその面にはない。
「―――目、開けろよ。頼むからこっちを見てくれ」
高耶の声が、直江の鼓膜を叩いた。
そこには直江の予想したどんな負の感情もなかった。
声音はむしろ、優しかった。
それでも目を開けずにいると、人の体が近づく気配とともに瞼に温かいものが触れる感じがし、それは次いで額に滑っていった。
「……」
ゆっくりと目を開いてみる。
温かいのは彼の唇だった。
「直江……」
それが何度か額に押しつけられた後に、彼の顔が少し距離を取った。
目が合った。
激情を孕んではいないのに、真紅の瞳。
澄んだ赤が自分を見つめている。
すうっ……
そこにせり上がった涙が、滴をなして落ちた。
「たか、や……さん…… !? 」
かろうじて微かに動ける直江の唇が、必死に言葉を紡ぐ。
「直江……そうじゃない、悲しいわけじゃない」
高耶が首を振る。
そこには、このうえないほどに幸せな笑みがたたえられていた。
「嬉しい―――」
「……オレこそ、お前に醜いほどの執着を持ってる……
お前にはとても見せられないと思ってた。ここまでお前を支配したいと望んでいることは、この醜悪な暗い欲望は、知られたくなかった……。
オレはお前を手に入れたくて、お前の中での唯一になりたくて……それで官軍を捨てた。
お前がオレのためにどこまで捨てられるか。お前の半身ともいうべき者たちをどこまで捨てられるか。それらを見捨てて、故郷の大地を見捨てて、その苦しみを受けてなおオレを選んでくれるのか。
―――オレのためにどこまで堕ちてこられるか。
オレはそんな思いで今までお前を縛り付けてきたんだ。
……お前を苦しめるのが望みだったわけじゃない。苦しむさまを見たかったわけじゃない。
確証が欲しかった。お前の唯一がオレなのだと。
お前がほかのものに心を注ぐことが許せなかった。それを見ることは耐えられなかった。
ただそれだけがすべて。オレはそのためにお前を逃亡に巻き込んだ。
こんな醜いものを、とてもお前には見せられなかった。けれど、これを交えずには、お前がオレのすべてなのだということを告げるすべは知らなかった。
だから……言えなかった―――。
オレが今、悲しいと思うのはこのことだけだ。
もっと早くに言えていたら、こんなことにはならなかったのに。お前の命を喪うようなことには決してしなかったのに。後悔してもしきれない。オレがもっと強かったら……っ」
「けれど直江、オレのほうこそ、今こんなに嬉しい―――
オレの中にあるのと同じだけの激情を、お前も持ってる……
相手が苦しめば苦しむほど、悦びが芽生える。その苦しみこそが自分への執着の強さをあらわすから。
―――そんな狂ったような想いが、オレに対するお前の心にもあったんだな。
そこまでオレを想ってる―――?
嬉しい。
他の何もかも忘れて、ただそれが嬉しい。
たった今、死んでもいい―――」
高耶は直江の上に体を預けた。
「かゃ……さ……」
もはや明瞭に言葉を紡ぐこともならない直江は、ゆっくりと重なる相手の体をただ受け止めて、微かに唇を開いた。
その右手に自分の左手を絡ませながら、高耶は囁く。
「しばらく眠ろう……
こうして一つに眠ろう。
オレの生命力を二人分の体に巡らせるから、生きよう。
ばらばらにはならない。一瞬たりとも離れはしない。
一つの命になって、眠ろう。
いつか二人目覚めるまで。
いつまでかかってもいい。
二度と目覚めなくても、いい。
ただ寄り添って、眠り続けよう―――」
刹那の至福、次いで永遠の時を共に抱いて……。
月のなくなった夜
月のなくなった夜
ともに太陽も光を忘れ
ともに太陽も光を忘れ
けれどそれは再び昇るまで―――
けれどそれは再び昇るまで―――
繋いだ手から一つの命を共有して、二つの体はそこに在る
someday they will be . . .
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