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WHEREVER !

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「う〜ん、困った……」

謎の尾行者と言葉を交わしてから五日後の夜のこと、高耶は机に向かって唸っていた。
目の前には、白いノートと真っ黒になった計算用紙。

「わかんねぇ……」
片手で頭を抱えて、高耶は再び唸る。

中間テスト一週間前。
普段は真面目に授業を受けている彼だが、奈何せん、生まれついての天才というわけではない。
端的に言うと、理解するのに時間がかかる方である。
その彼は、ここしばらくのストーカー事件のせいで勉強が手につかず、困っていたのだった。
高校の授業の進度は中学のときとは全く比べられないほど速い。
そんな中で二週間も復習を怠っていれば、それは遅れても仕方のないところだった。

彼は、さっぱり進まない問題集と教科書とをしばらく見比べていたが、やがて両手を上げると勢いよく椅子から飛び降りた。


「……もしもし、譲?」
廊下においてある子機をつかんで戻ってくると、彼はベッドに腰掛けて親友に助けを求めた。
「……ああ、悪いけどちょっとノート貸してくれるか?……おう、サンキュ。今から借りに行くから」
話がついて、彼はベッドの上に脱ぎ捨ててあった上着を手に取った。
袖を通しながら、ふとあの刑事のことを思い出す。
「……さすがにこの時間にゃもう帰っちまってるよな、直江」
机の中から小さな紙切れを取り出して呟く。
手帳のページを破り取ったらしい白いメモには、携帯電話の番号が記されていた。

『私はこれからも登校時と下校時にあなたについて歩きます。
ただし、授業中や夜中までは傍にいられません。できるだけ帰宅後には外出しないでほしいのですが、もしもどうしても外せない用事がある場合には、一人ではなくて誰かと行動するか、もしくは私に連絡を入れてください。
くれぐれも、一人で出歩いたりしないでくださいね。何を仕掛けてくるかわかりませんから』

あの日、刑事―――直江はそう言って、自分にこの番号をくれた。

直江はオレが登校するときには既に家の近くに来ていて、学校に入るまで後ろを歩いてくれる。
授業が終わった後もいつの間にか後ろに来ていて、家に入るまで背中を守ってくれている。
オレが家に入った後もしばらくは近くに停めた車の中でここらを張っているのだが、さすがにもう、いなくなっているだろう。

窓を開けて下を覗いてみるが、道には停車車両も歩行者も見当たらなかった。
時刻は午後十時に近い。
直江もとうに帰宅したのだろう。

「一人で出歩くなって言われたけど……かといって、わざわざ呼びつけるのもなぁ」
高耶はメモを握ったまま、少し思案した。
ノートを借りに行く譲の家までは、歩いて五分とかからない距離である。
まぁいいか、と高耶は子機を置いた。

「ちょっと譲んとこ行ってくる」
リビングを通り抜けながら、テーブルで新聞を広げている母親に声をかけると、彼女が顔を上げた。
「どうかしたの?高耶」
「ノート借りるんだよ。わかんねぇところがあって」
「そう。暗いから気をつけてね」
玄関で靴を履いているうちに、母親が後ろまで歩いてくる。襟元を直されながら、
「五分の距離だぜ?」
と肩をすくめるが、相手は真剣な目で続けた。
もしかしたら最近のことに薄々気づいているのかもしれない。心配させたくないので彼女には話していないのだが。
「それでもよ。何があるかわからないんだから」
「わかったよ。すぐ帰ってくるから」
むやみに心配させることもないので、素直に肯くと、相手はようやく笑顔を見せてくれた。
「行ってらっしゃい」

送り出す母親の顔が扉の向こうに消えると、十月の夜の風は少し肌寒かった。


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