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「なぁ、高耶、最近おかしくないか?何かあったの」
何日も続くと、さすがに疲れが周りにも見えてくるらしい。
親友が目ざとく気づいてそう尋ねてきたのは、尾行が始まって一週間ほど経ったころのことだった。
帰途についた彼を、後ろから譲が追いかけてきてつかまえたのだ。
二人は昔からずっとそうしてきたように肩を並べて歩き出した。
「何かいらいらしてるだろ?授業中も違うこと考えてるし」
彼は学校前の道を右側へ折れて歩きながら、隣に顔を向けて尋ねた。
他の人間はたぶん高耶の様子に気づいていない。
譲だけが、高耶の僅かな変化にも気づくほど、彼をよく見ているのだった。
少し前まで荒れていた高耶に、それでも、とずっと離れず傍にいたのは彼だけである。
過去を清算して本人の言うところの『普通の』高校生となった高耶と、変わらぬ付き合いを続けてきた譲だからこそ、内心を悟らせない癖がついている高耶のほんの小さな不調にも気づくことができるのだった。
そんな相手だから、高耶も隠さずに答えた。
「……なんか、つけられてるような気がすんだよな。でけー男に」
返った答えの内容に、さすがの譲も少し黙り込んでしまった。
とっくにぶっそうな知り合いとは縁を切ったはずの高耶を、今になって尾ける人間がいるとなると、どうにも解せない。
何歩かそのまま黙って歩き、ようやく譲は次の言葉を紡いだ。
「……それってストーカー?でも何で。高耶は男なのに」
昔の知り合いでないなら、そうとしか考えられないのだが、しかし、男が男をストーカーしてどうするというのだろう。
「オレが聞きてーよ。それとも何か恨みを買うようなことしたっけな……?」
当人も肩をすくめている。
心当たりが全くないというのだから、それ以上は話のしようもなくて、歩くうちに分かれ道に至った譲はとりあえず次の言葉で締めくくった。
「何にしても、気をつけてよね。とにかく敵を作りやすいんだから、高耶はさ」
生返事をしてそれぞれの帰途へ分かれると、高耶は背中に目をつける気持ちにして家とは違う方角へ歩き出した。
おそらくいくらもたたないうちに、いつもの尾行がつくはずだ。
一度、接触して文句を言ってやろう。
そう決めて、傍目にはいかにも力を抜いた様子で何気なく彼は街中へ向かい出した。
駅の方角へ向かってゆるやかな坂道を下りてゆく。
途中で左に折れて図書館と文化財指定の旧小学校の前に出る道へ入る。まだこのあたりは住宅街の中で歩行者も少ないから、テキも姿を見せようとはしない。
突き当たった先を右に曲がって再び坂を下りてゆく。
現小学校に密接した歩道を歩いてゆくと、前方から小学生の乗った自転車が二台続いてきて、そのハンドルさばきの危なっかしさに高耶は一本道路側の歩道に移動した。
白いメットをかぶった子どもたちをやり過ごして、学校の正門前で歩道を出る。
そこからはまっすぐ行くと城に至る道だった。
街へ出るつもりではあるのだが、その前に城の堀端で少し時間を潰してみようと思い立ったのだ。
間もなく見えてきた土壁の向こうに、烏城の異名を持つ黒い城の姿が現れる。
高耶はこの城が好きだった。
黒くてどっしりしていて、けれど静かに佇む。ふらっと入って過ごすことのできる、気取らない城だ。
堀端の藤棚に腰を下ろして、水面に映るその姿がゆらゆらと波うつのを見ていると、時間を忘れた。
行くところがないときでも、夜中でも、ひっそりと過ごすことのできるこの場所が好きだった。
のんびりと泳ぐ鯉たちをうらやんだこともある。
久しぶりに堀の中を覗き込んだ彼は、オレンジ色をした巨大な鯉を見つけて少しだけ笑った。
「まだ生きてたか。主よぉ」
よくあれで泳げる、と感心するほどに育った化け鯉は、中学時代からの馴染みの顔だった。
一方的に見ているだけで、むろん相手は自分を覚えてなどいないだろうが。
―――来たな。
ちょうどそのとき、彼は背後にとらえた。
待っていた、いつもの気配を。
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