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翌日のこと。

人気のない教室の中に、一人ぽつんと席についた高耶は、明けてきた夜を黙って見つめていた。
校門はまだ開いていない。早朝の5時である。
昨晩はあれから家に戻ったが、制服に着替えて鞄を掴むと、すぐに出てきた。
わざわざ朝早くに学校へ行くような殊勝さを持ち合わせている人間ではないつもりだったが、昨日のようにイチャモンをつけられたりすることのない場所で、確実に一人になれる所を探したら、ここしかなかった。
ここならば、朝練に出てくる連中が登校するまで、誰にも邪魔されずにいられる。

考えるのは、昨夜の騒ぎのことだった。
吉村……といったあの男は確か、バカ高で有名な東高を挙げていたが、家は金持ちだったはずだ。地元の有力者につながりがあるとか何とかで、そうとう好き勝手しても警察沙汰にはされずにもみ消してきた過去がある。

厄介なことになったかもしれない。

昨日の一件はおそらく、あのテの男にとっては大いにプライドに傷をつけられたということになるだろう。自分の拳にやられた傷もそうだが、直江の凄みにあっさり陥落したことなどは無様の極みだ。まして、傍では手下が二人もその醜態を見ていたのだから。
執念深い爬虫類系のあの男のことだ、ただ黙ってはいないはず。

今日あたり、またぞろ呼び出しくらうかな……と、生徒指導の顔を思い出して高耶はうんざりしたため息を吐いた。
あと何発か殴ってやればよかった。全然、暴れ足りない。
何もかも、あの男が邪魔したせいだ。
ナイフくらい、一人で何とでもなったのに……!

バン、と机を叩いた。再び振り上げられた拳は、しかし―――すぐにゆるゆると下げられる。

―――嘘だ。あのままだったら確実に刺されてた。死んだかどうかはわからないけど、かなり危ない状況だったはずだ。
オレ一人なら、別に死んでもよかったけど、美弥がいる以上、そんなことはできない。
それを思えば、直江の野郎がオレを助けてくれたことには感謝しなければならないのだ、腹立たしいことに。

いちいちむかつく野郎だぜ、全く。
礼も言わせないで。
オレだって、助けられたからには礼くらい言えない人間じゃない。
それを、あの男は、わざわざこちらの神経に障る言い方をして、勝手に蔑んで、……本当に嫌な男だ。

(本当は、ちゃんとありがとうと言いたかったのに……)

―――何だと?
オレは今、何を思った?
……ありがとうなんて言いたかったのか。まさか。

―――あんな奴に頼るなんて。馬鹿らしい。
 ―――助けられて本当は膝から力が抜けそうになった。
―――あんな男、世界一気に入らない。
 ―――自分の前に両手を広げて盾になってくれる奴なんて、初めて見た。
―――嫌いだ。大嫌いだ。顔も見たくない。
 ―――古典の授業だけはさぼったり遅刻したりしなかったのはなぜだ。見ていたかったからじゃないのか。
―――ずっと寝てばかりいた。
 ―――本当は寝てなんかいなかった。目は閉じてたけど、耳は聞いていた。あの声を。

―――うるさい!!


一体どうしたいんだろう。自分は。

「何もかもが気に入らねぇ……」

自分で自分がわからない。こんなぐちゃぐちゃしたヘンな心理状態になったのも、あの男のせいだ。
何もかも、あの男が来てからだ。
おかしくなってしまった。

「何もかも、てめぇのせいだ……」

まだ暗い、人気のない教室に、そんな弱い呟きが浮かんで、消えた―――



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