[ contents ] index - menu - library - BBS - diary - profile - link
A B Cause&result(7 8 9 10 11 12) D E F
ふいに立ち上がった古典担当の新任教師の姿に、教師たちが振り返る。
そちらへ注意を向けた彼らは、目に入った男の漂わせる只事でない気配に思わず緊張を走らせた。
普段何ごとにも淡々とした態度を崩さなかったこの新任教師は今、転任してきて初めて見せる、身を切るような冷えたオーラを纏っていた。
「な、何ですか直江先生」
後藤もその気配に圧倒された様子で無意識に体を反らしている。
「……なかなか興味深いお話でしたが、今のお話には、大いに間違った点がありますよ」
直江は、いっそ凄んでいるとでもいえそうな笑みを唇に浮かべながら、彼の方へとゆっくり歩み寄っていった。
そして、その長身で押しつぶそうとでもいうようにずいっと顔を覗きこむと、冷や汗を浮かべる相手の鼻先に、手にしていた件の生徒手帳とカードを突きつけた。
「こ、これは?」
「吉村、三田、川辺。……昨夜、私がこの手で回収したものです」
「どういうことですか?直江先生」
唐突な行動に、周りの教師が説明を求めてくる。
「昨日の件には私もかかわりがあるんですよ。
詳しいことはこれから説明しますが、先ほどのお話には明らかに誤った点があります。何を意図してそんなことを言ったのか―――ある程度見当はつきますが」
直江はそう言うと、自分に集中している全員を見回してから告げた。
「彼らの怪我は私がやったんです」
「―――はっ?」
一瞬の沈黙の後に、その言葉の意味を理解して職員室はざわめいた。
「手首の骨折はちょっと力を入れすぎたようですね。手加減したつもりだったんですが、どうやら近頃の子どもは骨が弱いらしい」
独り言のように呟いた彼は、信じられないものを見るような目で自分を見ている教師たちに向かって事の顛末を語り始めた。
自宅の近くの公園で乱闘騒ぎが起きていることに気づき、下へ下りたこと。
そうしたら高耶が羽交い絞めにされて刃物を突きつけられていたこと。
それを止めさせるために手首を掴んだことと、間に合わずに一筋だけ高耶に傷がついてしまったことも。
「彼の頬を見てもらえば事実だということはすぐにわかります。第一、ここにこうして取り上げた生徒手帳があるんですから、私の話が嘘でないことは理解していただけると思いますが、いかがですか」
―――しばらく、職員室には重苦しい沈黙が落ちた。
直江は敢えてそれ以上は語らず、悠然と構えて教師たちの反応を待った。
自分がわざわざ、体罰問題に発展しかねないようなことを告白したということも、もうどうでもよかった。
本来の自分ならば知らん顔をしていたかもしれないけれど、仰木高耶の素顔をようやく垣間見た今は、先ほどのような一方的で悪意に満ちた訴えを見過ごすことなど論外だった。
これで自分にお咎めが下るとしても、それはそれ。実際、手首を締め上げたのは事実である。
そして、それを問われるのならば、こちらも徹底して相手方の申し立ての真偽を明らかにさせてもらおう。
事実をはっきりさせた上でどんな処分が課されたとしても、文句を言うつもりはない。
とにかく、でたらめな申し立てを甘受するつもりだけは絶対にないのだ。
コネであろうが何であろうが、一切立ち入らせないところへ引きずり出して証言させるまでは、引っ込むつもりはない。
「……なるほど」
さすがというべきか、最初にそれを破ったのは校長だった。
穏やかで知られるその初老の元数学教師は、やんわりとした口調で直江に向かった。
「直江先生の仰ることはよくわかりました。相手方のお話ばかりを追ってはならないということは先生方みなさんもわかってくださったものと思います。
この件についてはきちんと洗いなおすことにしましょう」
鶴の一声、校長がその落ち着いた声で口にした言葉は教師全員に受け入れられた様子だった。
ふ、と息を吐いた直江だったが、
「待ってください。経緯はどうあれ、相手がひどい怪我を負ったことは事実です。それについてはどうご処分されるのですか?」
蛇に睨まれた蛙のように潰れていた後藤が、息を吹き返してそう口を挟んできた。
「複雑骨折を負わせたということは大きな問題だと思いますが?」
「そうですね」
校長はしばし、考える素振りを見せた。
「何度も申し上げますが、怪我をさせたのは私であって仰木君ではありませんので、退学処分のお話は論外です」
直江が、静かに、しかしきっぱりとそう述べると、相手は目元から普段の笑みを消して、まっすぐに見返してきた。
「つまり、直江先生はご自分の非を認められるのですね?」
「はい。事実は事実です。
経緯が完全に明らかになれば、彼らには、負わせた怪我に対しては謝罪しに参ります」
直江は、その普段は温和な光に隠されている、鋭い眼光をまっすぐに受け止め、力強く肯いた。
それをじっと見つめていた校長は、真摯な瞳のまま呟く。
「―――わかりました」
―――直江はその日、謹慎処分を言い渡されて、授業を行わないまま下校した。
教室で、今まさに行われているであろう昨夜の問題についての臨時職員会議の模様を色々と予想していた高耶は、時間通りに1時限目の授業が始まったことに拍子抜けしながらも、自分にお咎めがない理由にまでは、まだ気づきはしなかった―――。
A B Cause&result(7 8 9 10 11 12) D E F
[ contents ] index - menu - library - BBS - diary - profile - link