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その日には、もともと古典の授業はなかった。
だから、異変には気づかなかった。授業のない日に廊下で姿を見かけなかったからといって、それは別段おかしいことではないのだ。全校27クラスを抱える学校なのだから。

けれど、その日が終わっても次の日になっても生指からのお呼びはかからず、高耶は翌日の昼になってようやく不審感を抱くことになる。

金曜五限目。本来ならば古典の授業が入るはずの時間だ。
いつも通りに席で椅子の背に凭れ、目を瞑っていた高耶だったが、がらりと扉を引いて教師が入って来る物音に瞼を上げると、面倒そうに半ばだけ覗いていた瞳はその人物を認めて一気に見開かれた。

直江ではなかった。

「あれぇ?直江センセじゃないの?」
「そういえば昨日お休みだったって聞いたけど」
「今日も来てないの?病気かなぁ」

ざわめく生徒たちに、入ってきた別の古典教師が教卓をパシンと叩いて注意を喚起する。

「今日は直江先生はお休みです。各自、適宜の自習をするように。希望者にはプリントを刷ってきますので申し出なさい。
くれぐれも、隣の教室に迷惑を掛けないように。授業中ですからね」

代理で来た教師はそれだけ説明して、後はプリントを希望する生徒を集めて枚数を確認しに入った。
そして、解放された教室はざわざわと煩くなる。尤も、代理教師に注意させるほどのボリュームではなかったが。

「高耶」
後ろから突つかれて、高耶は親友を振り返った。

「……譲。お前もそう思うか?」
顔を寄せて、小声で交わす遣り取り。
相手は眉を顰めて難しい顔をしている。
「昨日から直江先生、お休みなんだって。朝は確かに来てたのに」
「ああ、普通に授業するつもりで来てたはずだ」
「でも、一限目の時点からいなかったらしいよ。さっきお昼休みに部活の部屋に行ったらそんなこと話してるコがいた。おかしいよなぁ」
後輩のクラスの授業も自習になったらしい。譲のその話を聞いて、高耶はため息をついた。
「やっぱ、この間のこと絡みか……」
親友が得たりと肯く。
「高耶には生指も何も言ってきてないんでしょ?それも変だよね。相手があの吉村だっていうのに」
「いい加減おかしいとは思ってたんだ。昨日の朝でも放課後でも、今朝でも、呼び出しくらうはずの機会は三回もあったのに。悉く肩透かしくらった。
―――何かあるんだ、きっと」
高耶は握り締めた手に視線を落として呟くようにそう言った。
そんな相手の姿に、親友が力強く声を掛ける。
「放課後、職員室行ってさりげなく聞きだしてみるよ。もしくは、部活のコたちの噂話から情報収集してみる」
元気付けるように肩を叩かれて、高耶も笑顔を見せた。
「うん。ありがとな。……さすが優等生は先公のウケも違うからな」
語尾の軽口が、彼には珍しいことだった。


「―――高耶!」
放課後になって、珍しく掃除当番を素直にこなしていた高耶は、部室へ急いだ譲の戻ってくる気配と呼び声に振り返った。
階段を掃いていた箒の手を止め、息を切らして走ってきた相手の言葉にこちらも眼差しを真剣にする。

何か予想以上のことが起こっているのだと、そう悟ったのに。
それでも相手の台詞は衝撃的だった。

「直江先生、謹慎処分になってるんだって」

「き、んしん…… !? 」
声がまるで自分のものではないかのようだ。
「何で、直江が処分されたりなんか……っ」

「昨日の朝の職員会議で、直江先生は吉村たちに怪我をさせたのは自分だって、そう言ったんだって。
吉村の親からはやっぱりクレームが入ってて、高耶を退学処分にしろって要求してきてたらしいんだけど、直江先生は怪我させたのは自分だから高耶に落ち度はないって言って、それで」

譲はまくしたてるようにそう告げた。

それを遮る形で、高耶は呟く。
「な、に……それじゃ、まるで―――」
「そう、高耶を庇ったみたい。現国の仲川先生に話聞いたんだけど、別人みたいな顔して後藤をやりこめたらしいよ。みんなが高耶を悪く言うのに物凄く怒ってたみたいだって」

「―――譲!」

話を遮って、高耶が相手の肩を掴んだ。
痛いほどに力の籠められたそこに、真剣な眼差しが加わる。
「……直江の、家!どこだかわかるか?」

わけがわからなかった。
どうしてあの男はオレを庇ったりなんかしたんだろう。
自らの地位を危うくするようなことをわざわざ言うなんて。

オレのことなんか、適当に話合わせて全部着せときゃ済むことなのに。
誰も疑わない。オレが何したって言われても、みんな勝手に納得するだろう。

どうしてそうしなかったんだ、あの男は。

別に罪悪感なんか感じる必要もないのに、オレはそういう奴だってみんな思ってるのに。
どうしてわざわざ本当のことを暴露して自分の立場を犠牲になんかするんだ?
どうして?

要領よく生きればよかったのに。オレのことなんか使い捨てちまえばよかったのに。
どうしてオレなんか庇ったりするんだ?


「―――直江の家行って話つけてくる。住所、教えてくれ……!」

親友の瞳に揺れるもの苦しいような光に、譲は肯く。
差し出された小さな紙片を握り締め、高耶は学校を飛び出した……



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