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A B C Drizzly night(13 14 15 16) E F


「―――否定はできません」
直江は低く肯定した。

「……高耶は、あんたが自分を庇ってくれたと知って混乱したんだ。あんたが何を考えてるのかわからないから話をつけてくるって学校を飛び出した。もしかしたら高耶のことをわかってくれるかもしれないと思ったから住所を教えたんだ。それなのに!」
譲は目に涙すら浮かべて直江を睨みつけた。視線で人が殺せるというのなら、たちどころに直江の命はなかっただろう。
「あいつはほんとは弱いんだ。強がってるだけで、怖がりで臆病で、いつも不安で一杯な奴なんだ。
期待して裏切られるのが何よりも怖くて、誰にも心を開けない。……でも本当は求めてるから、少しでも望みがあると期待しちまう。でも、その期待に応えられる人間なんかいなかった。いつだって、高耶は二重に傷ついてきたんだ。ちょっとでも期待した自分が馬鹿だったって、そう言って笑って、本当は死ぬほど傷ついてるんだ……
あんたは、絶対にやっちゃいけないことをあいつにしたんだよ!」
許さない、と譲は叫んだ。
「今後二度と高耶には関わらせない!オレが許さない!」

親友思いの彼の、その叫びを、しかし直江は遮った。

「私はあの人に会いたいんです。あなたの許可を求めているわけじゃない。これは、私と彼の問題なんだ」
鳶色の瞳は、譲にも負けないほどの強い光を浮かべている。
対する譲は動じない。
「許可とかそんな話じゃない!あんたは高耶を傷つけるだけだ。そんな人間をあいつに近づけるわけにはいかない。オレが許さない!絶対に許さないからな!」
怒らせた目を爛々と見開いて、こぼれる涙をも振り捨てて全身で男を拒絶するその母鳥に、

「黙れ!!」
直江は初めて大きな声を出した。

「そうやって甘やかすから!それが彼を弱くしているんだと何故気づかない!?」
「何だってっ」
「人間と人間がぶつかり合うんだ!痛いのなんて当然だろう!?手酷く裏切られたからって殻に閉じこもってしまったらお終いなんだ!
どんなに厳しくてもつらくても、いつか通じる……!それを信じられずに自ら全てを捨てて楽な世界に生きようだなんて、屍同然だ。お前のしていることはそれなんだぞ?彼を守るつもりで墓場に押し込めているのだと、なぜわからない!」

まるで獅子の咆哮のようだった。鼓膜が破れるかというほどの凄まじい気迫で迫られて、しかし譲は退かない。

「あんたにだけは言われたくない!態度で傷つけて、その上今度は言葉でまで傷つけようっていうのか!?どこまで高耶にひどいことしたら気が済むんだ!」
「傷つけたくて会いたいわけじゃないと何度言えばわかる?ぶつかりあいたいから会いたいと言うんだ!糾弾されようが罵倒されようが構わない。とにかく自分がどういう気でいるのかは自分の言葉で伝えなければ伝わらないから、会いたいんだ!」
「何を今さら言いたいっていうんだ?もう高耶に聞く耳はないよ。あんたの言葉なんか、もう、聞きたがるはずがない!」
「お互いにまだ伝えていない言葉がある以上、話は必ずできる!
彼が一体何を聞きたくて昨日一晩あそこで待っていたのか、俺は知らない。
俺が何を思ってあの人を庇ったのか、何もまだ伝えていないんだ……ッ!!」

―――嵐のようだった咆哮に、切ないほどの痛みが交じって、ふと譲は相手の気配の変化に気づく。

相手は、これまでに見せたことのない表情をしていた。

苦しげに寄せられた眉がその苦悩を語り、
鳶色の瞳には溢れる感情が湛えられて、
噛み締めた唇は今にも嗚咽をこぼしそうに震えている。

ただのからかいや冗談ではない、本当の感情のぶつけ合いを、この男は求めているのだ。
押さえても押さえきれない何かを、抱えているのだ。


……譲は、深く息を吸って、口調を整えた。

「……直江先生。あなたはそうまでして一体、高耶に何を言いたいんですか?
―――これ以上高耶を傷つけるようなことなら、死んでもここは通しませんよ」

相手の様子から、そんな話ではなかろうと予想はついていたが、釘を刺すのは忘れない。
静かに問い詰めると、相手は言葉を探して苦しそうにした。


「俺は……」
突然怒りを納めた相手に戸惑いながら、直江は自分を突き動かしている感情をどう表現すべきか苦しんだ。
どうしても言葉にできない、そんなもどかしさが直江を苛む。

すると、相手はふっと眼差しを和らげて、こう問うてきた。
「―――何を話したいのか、あなた自身わかっていないんですか?」

全てを見透かす仏のように、譲の声は直江の嵐のような胸に沁み入った。

「……俺は、―――私は」

あのとき、生指に腕を掴まれて知らぬと反抗する瞳の奥に悲しみを見ていたのではなかったか。
あのとき、囲まれてナイフを突きつけられる彼を見て、自分は怒りを感じたのではなかったか。
あのとき、恥ずかしそうに礼を言う彼を、自分は……愛しいと思ったのではなかったか。
そして、今朝。
ドアの前で座り込んで眠る彼を見て、頬に触れたいと思ったのではなかったか……

あのときも、あのときも。
自分は彼を……

「答えが出たなら、オレには話さなくてもいいです。ちゃんと高耶に伝えてください」


―――初めて見せた譲の笑顔は、やはり母鳥のようだった。




譲は、休み時間の終わり五分前を告げる予鈴に従って下へ下りた。
しかし教室へは戻らず、職員室の扉を開ける。

「……失礼します。
直江先生が具合を悪くして病院に行かれました―――」


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