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the call

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「ねーさんがさらわれた……現場を見たんだ。
 やつら……三人がかりで襲ってきてねーさんを車に押し込んだ」
 青年はそこまで震える声で話すと、自らの背を抱くように両腕できつく体を抱いて、悲痛な叫び声を洩らした。
「どうしよう……ねーさんに何かあったらどうしよう……!」
 いやいやをするように頭を振りながら、呻き叫ぶ。
 話すうちに当時の状況が生々しくよみがえってきたのだろう。
 半ば錯乱状態に陥っている。

 これはよくない。

 経験上、直江は瞬時にそう判断を下し、手を伸ばした。
「落ち着いて……!」
 暴れるように震えているその両肩をつかんで押さえつけ、少しきつめの声で叱咤する。

「落ち着きなさい!」

 ぴしり、と体を突き抜けたその声に、電気を流されでもしたかのように青年は瞬く。
 どうやら覚めたようだ。
「大丈夫……落ち着いて……」
 何度か瞬きを繰り返す彼に、直江は今度は優しく包み込むような口調で囁いた。
 喝を入れた後に優しく抱きしめる。
 この使い分けが、恐慌状態に陥ったり、ささくれ立った人間には、非常に効果的であることを、彼はよくわかっていた。
 まず、相手を落ち着かせることだ。
 あんな風に錯乱している状態は、よくない。非常によくない。
 放っておいたら壊れてしまう。
 二度と、もとには戻らない……。


 囁く。何度も、何度も。魔法の呪文のように。

 ―――落ち着いて。もう大丈夫だから……。



 肩をとんとんと叩く規則的なリズム。
 何度も繰り返される言葉。
 それらが次第に相手の混乱した心を解きほぐし、落ち着かせてゆく。
 こんがらがった思考が、あるべき姿へとなだらかに均される。

 二つのリズムが、正しい呼吸を導く。


「……ごめん。もう平気。迷惑かけたな」

 やがて、青年は言った。
 そして再び作られようとしている壁が、出来上がってしまわないうちに、と、直江は間髪を入れずに問うた。
「その連中に心当たりは?」
「あるよ。大ありだ」
 性急で突っ込んだ質問にも疑問を覚えることなく肯いて、何かを思い浮かべたような様子を見せたかと思うと、青年の顔が怒りに燃え立った。
「やつら……っ!オレじゃなくてわざわざねーさんを狙ったんだ。
 その方がオレにはずっとこたえるってわかってて!」
 迸る言葉はもはや、目の前の相手に向けられたものではない。何を口走っているのかすら、おそらくあまりはっきりと自覚してはいないのだろう。独り言にも近い、台詞だった。
 相手に自分の事情を話すこともおかしければ、相手がここまで関わろうとしてくることもおかしいのに。
 ふと我に返った青年は、一般人にこれ以上話してよいものかと今さらながらに躊躇いを覚えて黙り込んだが、
「なるほど、それで、そいつらの居所はわかるんですね?」
 そこまでの短い話で、ほぼ、筋を理解した直江は、今最も必要だと思われることを問うた。
 その瞬間的な把握力と判断力は、しろうとのものではない。
 表サイドにしろ裏にしろ、その道に属する者であることが明らかで、青年は口を開くことにした。
「……たぶん、わかる。主立ったところは既に潰しちまったから、残ってるのは少ない」
 ぎり、と歯を噛み締めての台詞に、直江は肯いた。
「そうですか。とりあえずはそれで十分だ。
 ―――ところで、ちあきという人物はどうするんですか?」
 肯いてから、ふと当初の話に戻って問うと、一瞬にして青年の表情が変わった。
 闘気に満ちていた顔が、みるみるうちに萎んでゆく。
「あいつなら……多分来ない」
 明らかに気を沈ませて、青年は首を振った。
「さんざ忠告してくれてたのにそれを破ってオレは動いた。
 ……来てくれるわけねーよ」
 否定する瞳はしかし、とても寂しげで。
 直江は意識的に声を温かくした。
「来ますよ」
「……」
 青年がゆるゆると顔を上げた。
 目が合うのを待って、直江は、さらに温かい声を出して微笑みかけた。
「来ます。他人の私でも来たんですから、その人が来ないはずもありませんよ……
 ねえ、そうでしょう?
 もう一度連絡してみなさい。ただし、今度は間違えないようにね―――」

 温かい声も、優しい眼差しも、意識的に作ったものではあるけれど、それは心からそうしたいと思ってのこと。
 だから、青年の心にもダイレクトに伝わった。

「……ああ……」

 彼は肯いて、ようやく少しだけ笑顔になった。




02/06/30


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