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A Bomb shell(4 5 6)C D E F


―――驚いた。
この声。知っている。半分寝ていても、心地よく耳に残る。豊かなバス。
あの妙な古典の先公、直江だ。

ザッ……

「っ」 一瞬気を逸らした、そのとき、鋭い刃が頬を掠めた。反射的に顔を逸らしたが、完全には避け切れなかった。
刹那の空白のあとに、灼けるような痛みが襲ってくる。
「やめなさいと言っているでしょう!」
それを目にした男の声が、さらに厳しく耳を打った。オレまでびくりとしてしまうほど。底力のある鋭い声だ。

「離しなさい!」
あっという間に目の前までたどり着いた男が、血の滲んだナイフを握っている手首を掴んだ。
「うわぁっ!」
この教師の普段の姿からは想像もつかないが、よほどの力で締め上げられたのだろう、偽りのない恐怖の叫び声を上げて、吉村……そうだ、たしかこんな名前だった……はナイフを取り落とした。
「お前もだ。その手を離しなさい」
直江は、オレの腕を封じていた奴の手首も同じように締め上げて無理やりオレから引き剥がした。
吉村と同じような悲鳴を上げて、奴も痛みをこらえている。



「お前たち、名前と所属校を言いなさい」
肩を負傷して道路に転がっていた奴も回収して、直江は三人を集めると、リーダー格と見て取った吉村の肩を掴んで、口調だけはいつものままで、しかし恐ろしく冷えた声で詰問した。
「な……何なんだよてめぇは !? 」
「仰木君の学校の者ですよ。さあ言いなさい」
「誰がっ」
相手の眼光の鋭さに気圧されながらも、吉村は横を向く。

直江の瞳がすうっと細められた。

「素直に答えないと、―――こうですよ」
先ほど掴んだ手首に再び手をかけて、相手の目の前まで差し上げると、直江は無造作な動きでそこに力をこめた。

みし、と骨の軋む音が聞こえるようだった。

「うわぁぁぁぁ……っ!」
絹を裂くような、という形容詞を男に使うのかどうかは知らないが、吉村はそういう悲鳴を上げた。
「さっさと言いなさい。それとも、折られたいんですか」
声音がまるで死神のように冷たく厳しい。
決してその台詞が脅しではなくて、本気でそうするだろうと、嫌が応にも悟らせる声だった。
あと少し力をこめれば、確実に手首の骨が握りつぶされる。
オレでさえ、背筋が寒くなった。

「東高の……吉村だ」
がたがたと震えながら、吉村はようやく三人の名前と所属校を話し出した。



「お前……なんでこんなとこに」
三人から身分証明になるものを取り上げて解放してやり、ようやくオレの方に向き直った直江に問うと、相手は苛立ちを隠さない顔で言葉尻も鋭く詰問してきた。
「あなたこそ、どうしてこんな時間にこんな所をうろついているんです?こんな騒ぎを起こして。まさか自分から招いたのではないでしょうね?」
仲裁役などをやらされてうんざりだという表情を隠さないその言い様に、オレはカチンときた。
こんな顔されたら、礼を言う気も失せる。
「誰が好きでこんな所を果たし合いに使うかよ。あいつらがいきなり来てイチャモンつけてきたんだ。
大体、てめぇには関係ねーだろ」
上目に睨みつけてから視線を横へ逸らすと、顎を掴まれた。
ぐい、と無理やり向き直らされて、冷えた瞳に侵入を許してしまう。
「……ァにしやがる!」
「達者な口をして、お礼の一つも言えないんですか」
馬鹿にしたような笑みが片方の頬にだけ浮かんだ。礼を求めているわけではない。それを言えない育ちの悪さを嘲っているのか。
だとしたら許せない。

「……助けてくれと頼んだ覚えはねぇよ」
腹の底から出す、ひさびさの凄み。
これまで関わってきた最低な人間たちを一様に黙らせてきた睨みを真正面からぶちこんだ。

―――だが、相手は動じない。
「大きな口を叩くんじゃありませんよ」
顎を砕くほど強く、指に力を入れて、まっすぐに瞳を返してきた。痛みに一瞬眉を顰めたオレに、まだあの嘲笑めいた色を見せて
「あのままではこの程度では済みませんでしたよ?」
頬の傷に乱暴に指を触れられて、オレは唇を噛んだ。

屈辱だ。
目の前であんな醜態をさらしたなんて。しかも、こんな最低野郎に助けられた。
ケンカにプライドも何もあったもんじゃないけれど、よりにもよってこんな奴に。
この男が憎い。
何もかもが気に入らない。
この間の朝のことも、今日のことも。授業中だって顔も見たくなかった。
この世で一番嫌いなタイプの人間だ。

「突っ張るのも結構ですが、自分の身くらい自分で守れるようになってからにしなさい。心配する人もいるんでしょう。たしか、妹さんが」
「なっ」
どうしてこいつが美弥のことを知っている !? 
「担当教師ですからね。ある程度のことは聞きましたよ」
「てめぇ……」
どこまで何を聞いたというのだろう。
本格的に剣呑な気分になったオレだった。
しかし、この男はそれ以上何を言うつもりもないらしい。

「さっさと家へ帰りなさい。今度ここへ来たら通報しますからそのつもりで」
乱暴に顎を離されて解放され、冷たいだけの声でそう言うのを背中に聞きながら、オレは唾を吐き捨てた。


あの男の悠々とした足音が消えるまで、オレはずっとそこで屈辱に燃えていた。



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