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「高耶?今日は遅かったね。
ところで何でそんなに機嫌悪いの」
授業中だということにも全く頓着せず教室に入って、乱暴に椅子を引いて座ると、唯一の理解者ともいえる相手が後ろの席から小声で言ってきた。
「生指にとっつかまっていちゃもんつけられてたんだよ」
腕を組んでだらしなく背に凭れ、半分目を瞑ったまま高耶は答える。
「それっていつものことじゃない?普段なら気にもしてないのに、どうして今日に限ってそんなイライラしてるんだよ」
親友の目は鋭い。高耶の中のもやもやをすぐに見抜いて、心配してきた。
「後で話す」
呟くように言って、高耶はそのまま眠り込んだ。



「はぁ?助け船を出された?あの直江先生に?」
昼休みになって、屋上でパンにかぶりつきながら事の経緯を話すと、譲が首を傾げた。

「変だ。あの先生、他人のことに首なんか絶対突っ込みそうにないタイプだと思ってたんだけど……」
しきりに首をひねる様子に、高耶が疑問を抱いた。
「初めて見た顔なんだけど、あの野郎、そういう奴なのか?」
まだ新しく転校してきたばかりの教師のことなど、全く記憶していなかった。
「高耶……もうちょっとまじめに授業受けようよ。何度も教わってるって」
少し呆れたような、咎めるような表情になって譲はそう言ったが、すぐにその質問に対する返事を続けた。
「一見、人当たりとか良くて、女子とかには人気高いんだけど、ほんとはけっこう淡泊な人だと思うんだ。勘だけど」

なかなか鋭いところを突いている気がする、と高耶は最後の方の男の様子を思い出して内心で呟いた。

「そんな人がわざわざ助けてくれるなんて変だよ」
譲は眉を寄せた。
しかし、
「別に、気にしたって仕方ねーよ」
もうふっきれたのか、高耶の方が冷めてしまっている。

こうなったら、彼はもう何もかもすっぱり切り捨てて忘れる。
全て葬ってしまうことが、長い間、彼の唯一の自己防衛だった。
普通の子どもには耐えられないようなつらくて苦しいことがあっても、意識的に葬り去ってなかったことにすることで、精神が耐えてこられたのである。
彼が誰とも群れずに、誰にも関わらないようにしているのは、このぎりぎりのドライさからきていた。

その高耶と唯一まともに人間関係を築くことができている親友は、それらすべてをわかっていたから、古典教師のことはまだ気になっていたが、それ以上は何も言わずに、黙ってサンドイッチに口をつけ始めた。



それからは、高耶と直江に接点はなかった。
古典の授業中に同じ部屋に存在してはいるものの、言葉どころか視線すら合うことはなく、高耶は他の授業でもそうであるように、いつも半分目を瞑ってうとうととしているだけだ。
一方、直江の方もただ淡々と授業を行うのみ。大部分の生徒たちからはその穏やかな語り口と程よい厳しさとで高い評価を受けていたが、他の人間と群れることをしない高耶とは、全く言葉すら交わすことはない。

それまでと何ら変わりのない状況だった。
何か変わったとすれば、高耶が教師の顔と名前を記憶し、そして『変な、ムカツク男』というあまりありがたくない人物評価ができあがったことくらいであろう。
そして、その小さな変化こそがすべての始まりになる―――。



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