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「あんたさぁ、なんであんなこと……別にオレのことなんか放っときゃよかったのに」
生徒指導の教師が去って、高耶は横を向いたままそう言葉を発した。
「どうしてですか?私は事実を述べたまでですよ。
……強いて言うなら、気になったからです」
投げやりな態度にも、直江は頓着しない。
にこりともせずにそう返されて、高耶はリアクションに困った。相手が一体どういうつもりでいるのかさっぱり読めないのだ。
「なにが」
仕方なく、そう短く返す。
相手は変わらぬ淡々とした口調で続けた。
「何度か下を見ましたが、ずっとあなたは同じ場所に座り込んでいました。それがどうしても気に掛かって。
結局下まで降りて行って声をかけることはしませんでしたが」
しばらく沈黙してから、ぽつりと高耶は呟いた。
「……偽善者」
ぴしり、と空気が変わった。
「……」
直江は返事をしない。
「……そんなこと言ったって、誰も本当にわかろうとなんてしやしない。
下手に手出しなんかすんじゃねーよ」
突っ張って、可愛げのない台詞を吐く高耶に、直江は意外にも無表情だった。
「善のつもりなんて、そんな立派なものじゃありません。あなたのためじゃない。ただ本当に、気になっただけなんですから」
怒りもせず、どこか別の場所でも見るような表情で淡々と呟く。
その瞳が心の読めない澄んだ琥珀色であることを、高耶は脳の別の一角で観察していた。
――― 一体どういうつもりなんだ。
全く意味がわからない。
わざわざ札付きの不良である高耶を庇うような発言をしたかと思えば、突き放すような言葉を返す。
意図が読めない―――
初めて、その無表情が怖いと思った。
凄まれても、胸ぐらを掴み上げられても怖いなどと思ったことはなかった自分が、この静まり返った面を怖いと思う。
何を考えているのかわからない。
そう、得体の知れないものに対する恐怖にも近かったかもしれない。
突っ張ってみても、優しい手をどこかで望んでいた自分が、期待するなと振り払われた。
それが、自分の奥底に巣食う根元的な不安と結びついたのだろうか。
―――それが、すがりたいと思ってしまった相手に突き放されたがゆえの不安だったのだと、彼が気づくまでには、まだ長い時が必要だった。
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