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A B C D Embrace(17 18 19) F


「なおえ……」
高耶は再び呟く。
そのまま、よろめくように走り出した体を、後ろから抱きすくめた腕があった。


「だれ……ッ」

背中が熱い。
吐く息が速い。
腕が、強くて温かい……

「私です……」

胸から首、そして腰へ腕を絡ませてぴったりと抱きしめられた。
火のように熱い体は、ついにぐらりと力を失ったが、それでも全く危なげなく抱きすくめられて、揺るぎなかった。
「ど……して、お前……」
「扉のところで……立っていました。立ち去れなくて……」
耳元で囁く声は苦しげだった。
自分の女々しさをあざ笑うかのような響き。
しかし、背後から相手を抱きしめている直江からは見えないが、高耶の顔には喜びが浮かんでいる。

「……なくて……よかった」
「え?」
高耶の唇からこぼれる切れ切れの言葉に、男が反応を返す。

「……行かないでいてくれて、よかった……っ……!」
嗚咽に邪魔される中で、高耶はそれでも必死に言葉を紡いだ。

「高耶、さん……」
直江が目を見張る。
「なおえ……オレは、もう、誰の背中も見送りたくないんだ……」
「高耶さん?」
うわ言ではないのかと疑う。
けれど相手の言葉は、心の底からあふれ出しているのがわかるほど、たまらないくらいに切ない声音だった。
「お前が……いてくれてよかった……二度とこんな思い、したくない―――」
寒さに喘いでいた彼を思い出す。
どれほどの思いで呟くのか、直江には痛いほどそれがわかった。

「高耶さん……あなたに伝えたいことがあります」
相手を抱きしめる腕の力を強くして、家へ戻りますと囁いた。

朝と同じように相手を抱き上げて中へ入り、鍵を掛けると、直江は布団の部屋へと戻った。
高耶を下ろすかわりに、相手を抱いたまま自分が腰を下ろす。
ぐったりと力を抜いている高耶を膝の上に落ち着けて、頭を胸に凭れかけさせた。
「とりあえず、薬を飲んでください。お願いだから」
錠剤を唇の上に乗せ、水の入ったコップを口元へ近づけたが、高熱を発している中で無理をした相手には既にその力はなく、水は空しく顎をつたい落ちただけだった。

直江は、一瞬の思案の後で自ら水を含んだ。
そして、相手の顎に手を掛けると、唇を重ねた。舌の先で錠剤を落とし込み、それから水を移す。
こくんと相手の喉が動くまで、唇を離すことはしなかった。

「ぅ、ん」
離した唇から、相手の吐息がもれる。 高耶は、閉じていた目を開いて、直江を見上げた。
自分が何をされたのかはわかっていて、けれど熱で鈍った頭ではそれをどうこう感じる余裕がないようだった。
「なぉ、え?」
その目元も唇も、赤いのは熱のせいだろう。
誘われているかのような錯覚を覚えた自分を叱咤して、直江は相手をぎゅっと胸の中に抱きこんだ。

「あったかい……」

子どものような嬉しそうな呟きに、涙がこぼれそうになった。
寒い、とうなされていた彼を、自分は助け出すことができたのだろうか。

抱きしめて背を撫でて、熱で熱くなった髪に鼻先をうずめた。
抱きしめられる方はきっと温かいのだろうけれど、抱きしめている自分もこんなに温かい。

―――たまらなく、愛しかった。
熱い、太陽のような体を持つこの少年が。


「愛しています……高耶さん」
高熱に喘ぐ相手には届かないであろうと思いながらも、囁く。
「愛してる……」

ようやく伝えられた。


私は、あなたが好きなのです―――。



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