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「ここから少し寄りたいところがあるんですが、いいですか?」
再び車に戻ってビーナスラインへ乗ったところで、直江が前方を見ながら傍らへと問いかけた。
「んぁ?」
ナビシートの少年が、むにゃっと瞼を上げた。
どうやら高原ではしゃぎすぎて眠気に襲われているらしい。声を掛けられて慌てて目を開けようとする様子は、目で見なくてもわかる。
くすりと口元を緩め、直江は再び問うた。
「泊まるところへ行く前に寄る場所があるんです。晴家たちに呼ばれて」
「ねーさんが?」
目元をこすり、高耶は姿勢を正した。
座り心地最高の背もたれに深く身を沈めていたために、滑りかかっていたのである。辛うじて、シートベルトに引っかかってはいたのだが。
深くシートに掛けなおして、彼は何度か瞬いた。
ステアリングを操る男は肯いて、
「さっきあなたが手洗いに立っているときに、連絡が入ったんですよ。今こちらに来ているから会おうとね」
私としては折角の時間を邪魔されるのは御免被りたいんですがね、とため息を吐く。
「こっちに来てる?何で?」
そもそも、晴家の現在の住まいは東京ではなかったろうか。
高耶が首を傾げると、
「避暑に来ているんじゃないですか、たぶん」
「ふうん。で、夕飯一緒にするのか?」
「……奢らされるのはいいんですが、酒にだけは手を出させないようにしなければなりませんね」
高耶の問いが、肯定されるのを望む無邪気な響きを帯びていたのに対して、直江はしょうがないなと肯く。
この人が望むなら、夕飯くらいは一緒でもいいだろう。
その後は何が何でも独占させてもらうが。
「……何でたまの休暇まで同僚と顔突き合わせて過ごさなけりゃならないんだ……」
低く呟いた直江である。
「なんか言った?」
絶妙のタイミングで傍らから掛かった声に驚くが、相手のそれが純粋な問いかけなのだと気づいて彼はいつもの微笑みを浮かべた。
傍らの人はやはり、眠いらしい。半分夢の中だから、直江の台詞が聞き取れなかったようである。
「ねぇ、少し眠ったらどうですか?まだしばらくかかりますから」
「ん〜」
肯定とも否定ともつかない声をもらして、高耶は首を振る。
「だって、……あぶねぇ……」
「大丈夫ですよ、お目付け役がいなくても事故ったりしませんから」
直江は左手を伸ばしてその頭をぱふっと叩いた。
そんな行動自体が大いに問題なのだが、生憎と高耶は既に夢の中。
すぅ、という寝息が聞こえてきて、直江はこの上なく愛しげな眼差しになった。
「おやすみなさい、よい夢を」
ビーナスラインを下りて、254号線に乗り、平井寺トンネルを抜けて63号線を北へ向かう。
「生島足島神社というのは……」
下之郷で、右手に郵便局を捉え、もうすぐだなと見当をつける。
上田交通別所線、下之郷駅の案内表示を見つけ、その一つ手前の信号を左に入ると目当ての場所へ到着した。
生島足島神社。
万物を生育させる生国魂(いくたま)の神と、万物に満足を与える足国魂(あしくにたま)の神を祀る、古代からの言い伝えを残す由緒正しい神社である。
社伝によると、健御名方富命が信濃国に下降のみぎり、生島足島神を祭祀し米粥を煮て献供されたと伝える。 また、戦国時代には、甲斐の武田信玄が信濃国に侵攻し、社領安堵状・敬白願書を寄せており、いまなお八十三通が保存されている。
何故武田と関係の深いこの神社へわざわざ呼びつけたのかは、晴家に問うてみなければわからないだろう。
直江はいつものとおりの強引な誘いに流されてしまっただけなのである。
駐車場へ車を停めて、直江はようやく隣を向くことができた。
信号待ちの間などももちろんそうできたのだが、ゆっくり相手の寝顔を見ていたいと思うようなときに限って妙に信号のタイミングがよいのは、なぜなのだろう。
その不条理さに少し眉を寄せながら、彼はパーキングブレーキを引き上げた。
「高耶さん」
キーを抜いて、傍らで気持ち良さそうに丸まっている少年に手を伸ばす。
指の通りのよい、漆黒の髪に手をうずめ、皮膚の温かさと髪の柔らかさを楽しむように撫でていると、少し相手に動きが見られた。
どうやら幸せな夢を妨げる刺激に反発しているようだ。
「ん〜」
むむっと眉をしかめる様子が可愛らしい。
悪戯心を起こして、直江はその鼻の頭を軽くつまんでみた。
「高耶さん、着きましたよ」
「ん……」
相手は目覚めない。
いやだというように首を振ろうとしている。
直江は楽しそうに笑って、顔を近づけた。
「起きないとキスしますよ」
手を額に這わせて前髪を押し上げ、唇に触れる寸前のところで囁く。
「……ん―――?」
そのときようやく現れた瞳が、目の前にある鳶色の目に気づいて、見開かれた。
「なおえっ?」
「おや、残念。気づいてしまいましたか」
直江はそのままの体勢でくすりと笑った。言葉とは裏腹に、そう残念そうな声音ではない。相手に気づいてもらえないことの方が彼にとっては淋しいのである。
一方、状況を把握できていない相手はまだびっくりしている。
「な、何で?運転は?ここ、どこだよ?」
何度も瞼を上下させて、矢継ぎばやに問いかける高耶に、直江は簡単に説明した。
「寄るところがあるって言ったでしょう?ここですよ。生島足島神社」
「いくしま……何?」
珍しい名前に、高耶は首を傾げた。
「生島足島(いくしまたるしま)神社です。上田市の。晴家がここで待ち合わせようと指定してきたので。本当はここは武田に関係の深い場所なのですが」
「へえ……」
直江の説明に、とりあえず肯いている高耶である。
武田に関係が深いと言われても、いまいち実感はなかった。
そんな相手に、ここがどこであるかなんて気にしないでいいんですよ、と言いたげな微笑みを浮かべた直江は、ようやく顔を離して誘いをかけた。
「思ったよりも早く着きました。
待ち合わせにはまだ早いですが、中へ入って散歩しませんか?」
朱塗りの社殿が池面に映えて美しい。
この神社の造りは、池に囲まれた島状の「神域」に本殿を抱く、「地心宮園池(いけこころのみやえんち)」と称される上古式園池で、出雲式園地の面影を残す、日本でも最古の形式の一つとされるものだという。
本殿の奥には内殿があり、そこは床板を持たず、大地そのものが御神体(御霊代)として祀られている。
ひととおりを見て回ったところで、二人は橋を渡って戻り、神域を後にした。
「何か、いいな。この感じ」
池の回りをぐるりと囲む朱色の柵に片手を置いて、高耶は池の向こうに立つ殿舎を眺めた。
「静かですね」
直江もその隣に立って同じ方向を向いた。
「うん」
二人はしばらくそうして立っていた。
静かな水面に映る朱色が、ときおり風に揺れる。
落ちてきた葉が、きれいな同心円を広がらせる。
そのほかは、全くもって静かだった。
やがて、ふと傍らを向いた高耶が悪戯っぽい顔をして問いを発した。
「な、さっき何を祈ったんだ?」
本殿で手を合わせたときに、ひそかに隣を盗み見た高耶は、相手の意外に真面目な表情と熱心な長い祈りに興味を引かれていたのだった。
そんなことを問われて、直江はしばし沈黙する。
隠すようなことではないのだが、口にするようなことでもない。
そんな気配に気づいて、相手は瞬く。
「いや、言いたくなければいいけど」
目をそらそうとしたが、それよりも早く直江の瞳につかまってしまい、かなわなくなった。
鳶色の瞳は、高耶のそれをじっと見つめて、それから微笑んだ。
「……」
まともにそれを受けてしまい、高耶は少しだけ顔を上気させる。
そんな彼に、
「……あなたが、」
直江はさらに瞳を優しくして、続けた。
「あなたが、幸せであるように……と―――」
ゆっくりと、二人の間を風がそよいでいった。
「……ばか」
やがて、高耶が笑ってそんな風に呟いた。
おや、と目を見張る相手に、続ける。
「普通、自分のことを祈るだろ?健康でいられますようにとかなんとか。それを、他人のことに使っちまうなんてさ、ほんと、ばかなんだから……」
ばかだと言いながら、その瞳は例えようもなく喜んでいる。
同時に、困ってもいる。
「自分のことなんて、構いませんよ……」
直江は小さく首を振って、再び真剣で慈しみに溢れた瞳になった。
「―――あなたに全ての幸が訪れますように」
「ばかっ。ほんとにばかだな。人のことなんか心配してねーで、自分を大切にしろよ、自分を。
それが回りの人間の幸せでもあるんだから。―――忘れんな、このばかやろう」
少年の言いたいことは痛いほどよくわかる。
直江は尚更いとおしげな眼差しになった。
そして、はぐらかすように笑う。
「そう、ばかばか言わないでください。言霊というものをお忘れですか?」
「ばかをばかと言って何が悪い。だいたいな、お前、いきすぎなんだよ。何でもかんでもオレのことばっか優先させて。
少しは自分の身を構ってやれよ。そうじゃねーと、こっちも心配なんだかんな」
少年の反論は、見た目以上に深いもので。
直江は神妙に肯いた。
「わかりました。あなたを最優先するけれど、きちんと自分のことも顧みます」
「……だからさぁ」
「それが私の幸せなんですよ。ね、だから……」
直江は、もし誰かが見ていてもあまり不自然には映らない程度に体を寄せ、そっと手を繋いだ。
つながれた方は少しびっくりしたように相手を見上げたが、すぐに微笑みを浮かべて指に力を入れた。
―――言葉では伝えられない何かを、体温と鼓動を通じて遣り取りする。
高耶の求める愛し方と、直江の譲れない想いとは、必ずしもぴたりとは一致しないのだ。それは二人が別個の人間である以上、避けられないことで。
けれど、お互いを信じ、求め、そして寄り添うように生きてゆけば、それこそが至上の道。
「……で、てめーはこんなとこで何やってやがる」
「ちょっとした出歯亀だ。
―――断っておくが、ここへ来たのは私の方が早かったのだぞ。それを、裏へ回っている間にあの主従がやってきて、周りの迷惑も考えずにあんなことを始めたのだ」
二人が静かな『会話』をしているのを、鳥居の影から見つめる人影があった。
「まぁ、見ていて背筋がむず痒くなるが、わざわざ出てゆくつもりはない」
武田の策士が髪をしゃらりと揺らしていつもの高圧的な声を紡ぐと、ライダースーツの千秋が肩をすくめた。
「へぇ?俺様はぜひ邪魔してやりたいけどねぇ。大体、あんなの見てたら疲れるだけだし」
「ちょっと長秀!」
今にも歩き出そうとするのを、同じくライダースーツの綾子が容赦なく引き戻して耳元で押し殺した説教を聞かせる。
「まさか出ていこうっていうんじゃないでしょうね?あたしが許さないわよ、そんなの」
首を固められて両手を上げた千秋が、ようやく解放されて肩を上下させた。
そうして、相手の馬鹿力にほとほと困り果てた顔を作りながら顎で主従の方を指す。
「許さないもなにも、直江のやつ、とっくに気づいてるぜ?こんだけうるさくしてりゃ当然か」
「え〜、邪魔しないように外で待とうと思ったのにぃ」
綾子が騒いでいると、こめかみを押さえながら当の男が大またに歩いてきた。
「お前たち、そこで何をしている」
「うわ……」
「怒ってる怒ってる」
悪戯をした子どものように肩をすくめる二人に、直江がため息と共に問う。
「何をしていると聞いたんだ。いつから覗き見してた」
「いや、それは、その」
「ついさっきよ、ついさっき」
三人が騒いでいる傍らで、高坂が嫣然と笑みを浮かべた。
「―――壁に耳あり、障子に目あり……」
意味ありげに呟いて、彼はいつものようにどこへともなく姿を消す。
「……何しに来たんだ、あいつは」
ギャラリーに気づいて赤くなっていた高耶が、ようやくここまで来て呟いた。
「まぁ、この神社はさっきも言ったとおり、武田に所縁の場所ですから、あの男がいてもそうおかしいことではないのですが……」
「はぁ」
三人はいつのまにか口論をやめて呟いている。
「あ、そうだ。ねーさんも千秋も、何で長野にいたんだ?プライベートだよな」
奇妙な沈黙の後に、高耶が素直な疑問を口にすることで、場の雰囲気はいつものものに戻った。
「ああ、あたしたちも景虎と一緒で避暑よ〜。ここを待ち合わせ場所に選んだのは、ご飯の店に近かったから。あとは、こういう池の中に立つ殿舎を見てみたかったの」
「昼間は山ん中を走ってきたしな。ひさびさのツーリングは最高だったぜぇ」
「はしゃぎすぎて体力使っちゃったけど、何せ気候がいいからね〜すぐに回復よv」
「そぉそ」
目の前で仲良さげに顔を寄せる千秋と綾子に、事情のわからない高耶は目をしばたかせるのみ。
「……ねーさんたちって、そういう関係だったんだ?」
しばらく経ってから傍らの男に問うと、相手は軽く肯いた。
「ご存じありませんでしたか?」
「うん、全然。仲良さそうだなとは思ってたけど」
大きく首を振っていると、千秋がにっと笑って割り込んできた。
「ふっふっふ。甘いな、大将。観察が足りねぇよ。周りの人間関係くらい、把握しとけって」
「うるせーな。そういうの疎いんだよ」
「へえ。でも別に俺たちは隠してたわけじゃねぇぜ。自己申告もしてねぇけどな」
「ちょっとやめてよ。恥ずかしい」
「ぐえっ」
戸惑う高耶をからかっている千秋を、綾子がばしばしと叩いて、千秋は苦しそうに身を折る。
「それに、あたしには慎太郎さんって人がいるわけだしね」
それには構う様子もなく、綾子が続けた。
高耶はこれまで感じていて言葉にできなかったものを合点して、得たりと問う。
「そーだよ、あいつのことはどうすんだ?」
「探すわよ、もちろん。長秀とはそれまでの関係。―――ねぇ?」
ようやく元通りに背を伸ばした千秋に小首を傾げて見せると、
「そうだな、……といいたいところだが、俺様は認めねぇ。ぜってー忘れさせてやる」
どうやら二人の認識は食い違っているらしい。
「ちょっと長秀」
慌てたように向き直って胸倉を掴む綾子に、高耶の感心したような声が茶々を入れる。
「おお、熱ィ。せいぜい仲良くやってくれ、二人とも」
普段自分たちがからかわれてばかりなのを、ここでリベンジしようというように、彼はくすくすと笑っている。
隣の直江は笑いを堪えるのに必死らしく、横を向いてしまっていて、振り向いた綾子はますます困ってしまった。
「ねーさん純情……」
笑いが止まらなくなった高耶がそんな風に呟くと、彼女は、
「もうっ」
と息も荒く、高耶の手を掴んだ。
「ね、ねーさんっ?」
怪力の彼女に引き摺られて、高耶は呼吸もままならない。
潰れた声で抗議すると、男二人から大分離れた位置まで来て綾子はようやく相手を解放した。
ぜいぜいと息をつく高耶はまるで目に入らないように、彼女は切なく呟く。
「ねぇ、あたし……戸惑ってるのよ」
自ら両手で体を抱くようにして、伏せぎみの瞳で困ったように続ける傍らで、高耶はまだ苦しんでいる。
しかし綾子は頓着しない。というより、気づいていない。
「あんなに慎太郎さんのこと好きだったのに、いつのまにか……」
はあ、と切ないため息をつく。
それを何度か繰り返すうちに、ようやく相方が体調を回復して会話に加わった。
「悩んでるのか?ねーさんらしくねーな、いつも明るいのに。
ほんとは涙もろくて優しいって、それは知ってるけど」
その眼差しが、長い間相手を見守り続けてきた者の優しさを浮かべる。
「そうよ。そういうとこ、長秀はよくわかってくれてるのよ。あんな口きくけど、ほんとは優しい……」
遠くを見る目で、綾子は呟く。
「それ、惚気っていわねーか?」
高耶がわざと茶化すと、彼女はようやく目の前の相手に焦点を合わせて赤くなった。
「もうっ!からかわないでよっ」
そうして、また目を伏せてしまう。
「……だから、困ってるのよ。このままじゃ、本当に慎太郎さんのこと、忘れてしまいそうで……」
「裏切った気になるってことか?」
高耶の眼差しは再びあの慈愛を含んだものになっている。
相手の躊躇いや恥じらいが、決して軽いものではないと知っているから。その重みを誰よりも近くで、時には見守るように見つめ、そして憧れてきた彼だから。
「うん。あの想い、この二百年、あたしの生きてきた支えだったはずのそれが……まるで嘘になる。あたし、あたしは……」
綾子の声が震えるのも、彼にはよくわかっている。
だから、告げる。
「そんな深く考えなくてもいいよ、ねーさん。
ねーさんの強さ、オレは知ってる。ずっと見てきたんだから。
あれは嘘なんかじゃない。ねーさんが今ここにいるのはその想いが生きてるからだろ。違うか?」
「それを忘れることなんて起こらない。それは長秀だってわかってる。だけど、だけどさ、だからって今ここにある幸せに背を向けなきゃならない理由にはならねーだろ?どうして拒否しなきゃならない?ねーさんだって長秀だって、お互いのこと、何でもわかってるだろ?その上で、すべてわかってて、好きなんだろ?
だったら一緒にいろよ。過去の支えが今の枷になっちゃいけないはずなんだ……そのことは、オレが一番よくわかってる」
高耶の言葉は、他の誰よりも綾子の心に温かく沁み入った。
「……景虎」
「ほら、あいつが困ってるぜ。戻ろう。な?」
高耶は再び少年の目になって、慕った人を覗きこんだ。
「うん、……ありがと……」
綾子は、今にも泣き出しそうな顔をして、それでも笑みを浮かべた。
それを目にして、高耶がこちらも微笑む。
「いいえ、どういたしまして。ねーさんが笑ってくれるとオレも嬉しい」
「景虎ぁ……」
とうとう泣き出して、綾子は高耶を抱きしめた。
その背中に両腕を回して、高耶はそっと宥めるように撫でてやる。
綾子の背中越しに見やった先では、珍しく嫉妬するような顔をしている千秋と、いつものとおりの嫉妬のオーラを大人の仮面で隠そうと努める直江の姿があった。
「ところで、何でねーさんオレたちを呼んだんだ?」
「あらぁ、決まってるじゃない。直江に奢らせるためよぉ」
「そーだよ。なんせ、金のない身だからなぁ」
ちゃっかりと、旅行誌に掲載されるクラスの店へと主従を連れて行った二人は、運ばれてきた料理に目を見張りながらの高耶の問いに、些かの迷いもなくこう答えた。
「お前たち……」
ただでさえ機嫌のよくない男がドスのきいた低い声を出し、高耶がそれを宥めるのも、いつもの姿。
「大丈夫よぉ。お酒まではつき合わせないから。どうぞごゆっくり」
「俺らは俺らで飲み歩きだから。それもあって、夕飯には金使いたくなかったんだよなぁ」
「いい加減にしないか、お前たち」
「直江、早まるな!」
「いよっ、さすが恋女房!旦那の手綱を取れるのは大将だけだぜ」
「ち、千秋っ!」
「照れないのよ〜今さらぁ」
「ねーさんまでっ!」
「まあまあ高耶さん、事実は事実ですから……」
「うるせえっ!元はと言やぁ、お前がそんな簡単にキレるからいけねーんだっ」
「おい、大将落ち着け」
「そうよ?せっかくおいしいのに、あたしたちが全部食べちゃってもいいの?」
「……食べるっ」
「それでこそ高耶さんです」
「何だと !? 」
「いけません高耶さん、こんなところで乱暴はっ」
「だから、全部てめぇのせーだろうがっ!!」
……その日の夕食は、いつもにも増して賑やかだったとか。
「……ねむい……」
「すっかり遅くなってしまいましたね。着いたら起こしてあげますから、寝ていていいですよ」
「ん」
賑やかな二人と別れて車に戻った二人は、満天の星空のもとへと滑り出した。
02/11/03
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