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神様と空と

お出かけまえ編 ドライブ編 高原編 神社編 星夜編

「い〜風ぇ〜」
「……危いから外へ手を出さないでください」
「心配性なヤツ。大丈夫だってこのくらい」

助手席の窓から左手を出して、涼しい風に吹かれる感覚を楽しむ高耶に、運転席から直江が注意する。

「二輪が飛ばしてきたらどうするんですか。手だけ持っていかれたりしたら私はそいつを殺しますよ。私に殺人者になってほしいんですか、あなたは」
ひょいと横に顔を向けられて、慌てたのは高耶である。
「前っ、前見ろよ!事故ってオレまで殺す気か !? 」
霧の高原を走るラインを飛ばしているのだ。いくら走っている台数が少ないからといって、気を抜いた瞬間に目の前に迫っていたなんてこともないとはいえない。
「だったらおとなしく手を中に入れなさい」
直江は視線を前に戻して静かに、けれど断固とした口調で言った。横顔が真剣に引き締まっている。
「つまんねぇ」
ちぇっと舌打ちして、高耶はそれでも素直に従った。

本当は単にはしゃいでいただけなのだ。
無茶をして相手を困らせてみたかった。一種の甘え行動だと自分でわかっていた。
だから、本気で心配する顔を見られて実は嬉しいのだった。

叱られたのにご機嫌な高耶を見て、直江は大体のところを察しているらしい。
前を向いている瞳が、少しだけ細められていた。





「今日はひたすら走りますよ」
「おう。涼しくていいよなぁ、山の上は」
「窓を開けているとむしろ寒いくらいですね」
「あ、閉めた方がいい?」
「いいえ、私は大丈夫です。あなたが風邪をひいたりしないようにと思うんですが、大丈夫ですか」
「う〜ん、閉めるか。とりあえず」

ウィンダムは松本から中央自動車道を経て、諏訪ICから信州ビーナスラインにのっていた。
茅野市街(標高800m)から、八ヶ岳連峰を眺めながら進み、高級別荘地の蓼科高原を貫いて白樺湖へ、さらに、高層湿原とニッコウキスゲの霧ケ峰高原(標高1500m)を経て、アルプスの展望台・美ヶ原高原(標高2000m)に至る、 全長76kmの高原ドライブウェイである。
2002年2月22日より全面無料化されたというので、高耶が少し前にその話をしたのを直江は覚えていたのだった。

標高が1000mを優に超えるこの辺りは、濃い霧に遭遇することが多く、車の速度はあまり速くはなかった。
山の中を静かに走る。他の車もあまり多くはない。
のんびりと涼しさを感じながら走るには最適のコースといえた。

「蓼科には寄りませんでしたが、よかったですか?」
横目でちらりと隣を見て、直江が言う。
窓の外の緑を眺めていた高耶は、顔を内側の方に戻して答えた。
「いいよ。車山でちょっと山登りすんだろ?白樺湖も乗ったまま見えるからそれでいいし」

「白鳥号がたくさん泳いでいるんですよね」
くすりと笑って直江が肯いた。
「そーそ。幼稚園までならそれでもいいけどな」
こんな男が二人でうろつく場所じゃない、と高耶も肩をすくめる。
「その点、登山はいいよな。半日コースだったら2時間くらいで廻れる」
直江の用意した資料を見ながら、彼は肯いた。

資料には、ハイキングコースの案内として、半日コース3種、一日コース1種が示されており、それぞれに簡単な所要時間が書かれている。
車を使ったり、リフトを使ったりすればその時間は当然ながら変わってくるようで、車山のパーキングから車山山頂までのルートは徒歩80分に対してリフトでは10分と、随分な開きがみられた。
(徒歩だと3時間くらいかかっちまうか……リフトも楽しそうだよな)
呟きながら次をめくると、ハイキングマップになっていた。その次の紙には霧が峰周辺の地図がプリントされている。
インターネットで調べたものをプリントアウトしたらしい。
いつもながら用意のいい男だ。

何をやらせても上手をいくヤツだよなぁ……とくにオレ絡みとなると。

そんなことを思ってハンドルを握る男の横顔を見ていると、視線を感じたのか彼が声だけをこちらに向けてきた。
「どうかしましたか」
耳を直撃された感じがした。
「な、何でもねぇよ」
ふいの声に少しだけ慌ててしまう。
「何で慌てるんです?気になるじゃないですか」
相手はどもった彼に不審そうである。もともと相手のこととなると誰よりも……下手をすると本人よりも……敏感な男だ。
彼はしばし沈黙して、ふと一瞬だけ目を流すと問うた。

「……私の悪口を言ったでしょう」
ぐさっ

じっとりした口調になって追求されると、嘘がつけなくなる。
悪口ではない。ないけれど……
(思ったとおりを話すのは恥ずかしいんだよ……っ)
内心で絶叫しているうちに、相手はそう思い込んでしまったらしい。
「あ、やっぱり悪口だったんですね。
俺はちょっと凹みましたよ……?」
口調が悲しげだ。本気で凹んでいるらしい。
……拗ね犬モードに入ってしまったら後が大変だ。
「違うって!感心してたんだよ。用意がいいって」
一生懸命訂正しようとしたのだが、
「慰めてくれなくてもいいです」
相手は完全に凹んでいる。マンガだったらしゃがみこんで砂に丸でも描いていそうな雰囲気だ。
こんな状態の男と二人、ドライブなんて冗談じゃない。
「慰めてねーよ!ほんとに悪口なんか言ってねぇ」
「そうですか。それならよかったです」
相手はいちおうそう言ったものの、はっきりいって信用しているとは思えない顔だった。

そういえば、思い込んだらどうしようもないヤツなんだった。

「嘘なんか言ってねぇのに……」
呟くと、
「でも何か隠してるでしょ」
鋭いヤツは追及の手を緩めない。
「何って……」
言いよどむと、やっぱり悪口なんですねと開き直られた。

ぶちっ

いい加減オレは切れた。―――いつまで拗ねてんだこのガキ犬め〜〜〜!!


「お前はっ、オレがらみとなるとどこまでも上手をいくヤツだって、そう思ってただけだ!
―――悪ィかよ!!」

一気に言ってしまってから、血が引いた。

視界の真ん中で、運転中にも関わらず堂々と横を向いてくれた男は、このうえなく嬉しそうで意地悪な笑顔を浮かべて
「そうですかぁ……嬉しいですよ、高耶さん」
一瞬とはいえ、キスをかましてきた。


「ばっっかやろぉぉっ!!前見て運転しろ―――!!」


静かな道に木霊した罵声をものともせずに、高原のワインディングロードをウィンダムは快調に滑っていった。





02/09/06


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