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第一幕 第二幕[10 11 12 13 14 15] 第三幕 第四幕
「で?何を知りたいって?直江の想い人さんよ」 情報屋がずいっと元妖精に顔を近づけた。 「おも…… !? そ、そんなんじゃねぇっ!!」 途端に顔を真っ赤にして怒鳴る少年に、格好のからかい相手とばかりに千秋は畳み掛ける。 「お〜お。照れるな照れるな。いいねぇ、青春ってやつは」 「じじくさいこと言ってんじゃないわよ。なぁに、あんたってばこんな可愛いコいじめちゃって」 横合いからさっと伸びてきたすらりとした指が、その耳を思いきり引っぱった。 「いってぇ!雇い主に対して何しやがる」 「はあ?雇い主だろうが何だろうが、児童虐待に及ぶ奴におしおきして何がいけないのよ?」 腰に両手をあてて胸をそらす魔法使いに、 「児童 !? 」「虐待だぁ?」 対する男二人が同時に憤然と声を上げた。……彼らの反応したフレーズはそれぞれに異なっているのだが。 「立派な虐待じゃないの。嫌がってるんだから」 「虐待うんぬんはともかく、児童って何だ !? オレはコドモじゃねぇ!!」 眉をひそめて雇い主を黙らせた綾子の台詞を遮って、当の少年は湯気を立てるほど怒鳴った。 「あらやだ。ごめんね。気にしないで」 少年のプライドを大いに傷つけてしまった魔法使いは、慰めのつもりで取った次の行動で、余計に墓穴を掘る ことになる。 「だから、なんでそこでなでなでするんだよぉ!」 ―――少年の叫び声が響いていた。 あれから数日。 世紀の特ダネのはずの、高耶の存在は、実はあれ以上広まってはいなかった。 知っているのは、今もって一蔵と千秋、綾子だけだ。 この瞳を光らせた情報屋は、さっそくにもこの珍情報を脳内のリストの最上段に並べるかと思いきや、意外にも 自分ひとりで楽しむものにしたらしい。 (単にこの少年をネタに直江をからかうのを面白がっているだけとも言えるのだが) 兎にも角にも、千秋と綾子の二人は、高耶の正体を知りつつ友達になって、こうして遊びに来る仲となっていた。 元気一杯の高耶を連日相手にし、さすがに疲れ果てていたハリにとっても、研究に時間を割くたびに心苦しく思って いた直江にとっても―――眉をひそめはしたけれど―――断る状況ではなかったのである。 さて、すっかり仲良くなった三人は、名残惜しそうにしながらも研究棟へ姿を消した直江のことなどすっかり忘れたように カードゲームやらお喋りやらに花を咲かせていたのだが、 「……千秋。街一番の情報屋だっていうお前に、聞きたいことがあるんだ」 ふと高耶が情報屋に真剣な眼差しを向けたことで、その空気は一変した―――いや、しかかった。 そこで千秋の茶々が入って先ほどのやりとりになだれ込んだというわけだった。 「で、今度こそまじめに聞くけど、俺様に何を聞きたいって?」 ひとしきりぎゃあぎゃあ揉めた後、ようやく本題に入った彼らである。 「そうそう。ごめんね、話の腰を折っちゃって」 「いや。……あのさ」 歯切れの悪い口調。 これまで見たことのなかった暗い表情になった高耶に、対する二人は顔を見合わせた。 「……あ」 ふと、同時にその原因に思い至った彼らである。 元居た世界に還れなくなった、はぐれ妖精なのだと、少年は自らを語った。そのとき、まるで向日葵のよう、と思われた そのオーラに翳りが射したのを、二人は思い出したのだ。 「……渡界のことか」 まじめな顔になって、情報屋が呟くように問うた。 「ああ。……何か、知っているか?」 「そうさなぁ……」 千秋は腕を組んだ。ゆっくりと閉じられたその瞼には、からかう色も焦らす色もなかった。 ―――彼が答えを返さないのは、答えられることが無いからなのだと、周りの二人にはわかった。 「……そうか。方法はやっぱ、無いんだ」 しばらくして、低く高耶は呟いた。 直江は無茶すればできないことはないって言ってたけどな、と唇だけが動く。 けれど、それを音にすることはなかった。 無茶、ということが何を意味するのか、おおよそのところは見当がついていたからだった。 上級魔法を修めたほどの人間にして『無茶』と言わしめるような術なのだ。 おそらくは……体当たり的な博打なのだろう。 だから、千秋は答えない、いや答えられないのだ。 音なしに唇で呟いた高耶に目を開けて、その顔がゆっくりとうなだれてゆくのを見ていた情報屋は、 ややあって、視線を泳がせながら呟いた。 「……無い、ことも、ないかもしれない」 え? 顔を上げるはぐれ妖精に、まるで別人のような真摯な瞳をして、情報屋は告げる。 「『魔女』に、尋ねてみたらどうだ……?」 渡界。 それは本来、物質そのものが異界へ移動することを指さない。 例えば『召喚』。 これは異界とこの世界をつないで異界の者を喚ぶことだが、決してその者がこちらの世界に存在することには ならない。 繋いでいるときには交わっているかのように見えても、厳密には二つの世界はあくまで別のもの。 触れることはできても、それは別の次元にあるはずのものなのだ。 だから、術が終わればコンタクトは終了し、二つの世界は再び、互いを見ることがなくなる。 ―――しかし。 高耶はこの世界に確かに『存在』している。 コンタクトを終了したはずなのに、ここに居る。交わっていないはずの二つの世界の壁を、彼は越えてしまったのだ。 彼は現在、この世界に『居る』。 完全に、こちらにいるのだ。 それが証拠に、人間界に存在しない『羽』も『精霊力』も、消えてしまった。 人間界に存在する者には、備わっていない力だから。 理に反する力だから。 元居た世界から切り離された者の運命を、変えることの出来る者――― それは、人間ではないはず。 「『魔女』……」 その響きに何かを感じながら、ぽつりと高耶は呟いていた――― (18/03/02)
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