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シアワセノジョウケン

第一幕 第二幕[10 11 12 13 14 15] 第三幕 第四幕



「一体、どーなってるんだよ !? 」

きいんと響いた叫び声に、金の髪、碧の眼をした木の精は人差し指を右耳に突っ込んだ。

「……俺に訊いても仕方がねぇだろう。知るかよ、そんなこと」
ようやく耳鳴りをやりすごして、彼は指を引き抜くと、肩をすくめた。
「最後に高耶に会ったのはお前だろ !?  本当に何も知らないのか !? 」
途端、再びの怒鳴り声に襲われ、彼は眉を顰めてそれに耐える。
「だから、俺は何にもしちゃいねぇよ。
 あいつはいつもの奴に喚ばれて飛んで行った。それ以来、還ってこない。―――それだけだ。俺の知ってる範囲は」
「そんなこと僕だって知ってるさ! 聞きたいのはそのときの状況だ。
 なあ、スリア。高耶は、自分の意思で行ったのか? 無理やり引っぱられたとかいうことじゃないのか?」
ようやく少し落ち着きを取り戻した相手は春の花の精。茶色っけの強い髪、暗褐色に近い黒の瞳をして、普段は
柔和なその顔に憤怒の表情を貼り付けたその少年は、高耶の親友として春の間以外はいつも傍にいる譲だった。
彼には春という存在季節が決まっているので、その時期には特に仕事が立て込むのだ。
オフシーズンはこうして妖精郷でのんびりしているのだが。
「いんや」
相手の必死さは重々承知しているが、スリアと呼ばれた木の精はゆっくりと首を振った。
「相手のたびたびの召喚にはうんざりだ、ってなことを言ってたが、何だかんだ言って楽しそうに行ったぜ。
 決して強引に引っぱられたわけじゃねぇよ。
 ―――でもなぁ、あいつ、還ってくるつもりだったのは確かなんだがな。俺がからかったのを、帰ったら締め上げて
 やる、って言い捨てて飛んでったから」
顎に親指をあてて首を捻る。

還る気でいたのに戻らない。けれど自分の意思で出かけたのも事実。
……とすれば。

「―――何か、問題が起こったんだ」
譲は呟いて唇を噛んだ。
こちらへ戻って来られないようなことが起こってる……

まさか、怪我でもして動けないのか?
それとも誰かに無理やり留められてるのか? ―――例えばあの人、お前にひどく執心の魔法師……?

それでないなら、……

「……」
ふとよぎった冷たい想像を振り払うように首を激しく振って、彼は強く目を瞑った。
僅かに開いた唇から、掠れたような声が滑り出る。
「――― 一体、向こうで何が起きたっていうんだろう……?」
「譲……」
スリアはそんな譲の様子を少し痛ましい瞳をして見ていたが、やがて、ふっと笑って肯いた。
「ここからじゃ何もわからねぇな。
 ―――よし」

ばさっ

高耶のそれと同じ綺麗な緑色をした透けるような薄羽を背に現し、宙に舞い上がる。
「スリア !? 」
「行ってくる。喚ばれもせずに飛ぶのはちいっと厄介だが、しゃーねぇ。放っておいたら気になって眠れやしねぇからな」
少し眩しそうに太陽へ手をかざし、『道』を思念で織り上げてゆく。
異界との『道』を作るのには非常に高度な技術が必要とされるのだが、彼は驚くほど鮮やかな手並みでさらさらと空に
魔紋を描き、あっという間に光の塊にも似た『門』を築いてしまった。
「待ってよ。僕も行くにきまってるだろ!」
羽をはばたかせる気配を見せたスリアに、譲が慌ててこちらも羽を具現した。

ふぁさ

柔らかな紅の薄羽が空を掻いて、彼の体もふわりと浮かんだ。
「準備はいいか」
「大丈夫」
問うスリアに肯いて、譲は親指の爪を額にこつんと触れさせた。
「―――譲、」
スリアは『門』の向こうを透視して到着座標を見つけようと視線を強くしながら、声だけを向けて彼に再び問いかけた。
「喚ばれていないから座標が定められない。
 向こうへは行けても、どこへ飛ばされるかわからん。高耶のいる場所へ直接着けるとは限らない。
 ついでに掟破りの不法侵入だ。下手をすると厄介事になる。
 ―――覚悟はいいか」
最後の台詞をかけるとき、ちらとだけだが相手に視線を戻す。
「構うもんか。高耶の方がずっと大事だ」
見返す花の精の瞳には何の躊躇いも不安もなかった。

ただ一念、親友の安否を気遣う強く純粋な想いだけが、その瞳を燃え立たせていた。





その頃、人間界のとある高台の邸の芝生を敷いた庭では、当の少年が、まさか自分の親友たちが危険を冒して自分を
探しに行こうとしているなどとは思いもよらずに、巨大な虎と戯れて体中を草だらけにして遊んでいた。


そして、そこへ二人の賑やかな訪問者が現れる ―――

                                         (04/03/02)




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