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入所説明会 シミュレータ教習 実車第一日目 実車第二日目...
3/23 (土曜日) 今日の教官は、無口な人だった。 歳はあまり変わらないくらいで、眼つきが 鋭く、あまり普通の人間らしくなかった。 そして、 エンストを二回起こしてしまった…… ________________________________N
実車二回目。
直江信綱は駐車場の一番奥に置かれている17号車のところにいた。
前回に教えられたとおり、トランクに荷物を積んで教官を待つ。 現れたのは、自分と同じくらいの背丈を持ち、その上、背広の上からでもはっきりとわかるほどに鍛え上げられた体躯をした男だった。
配車券の情報によれば、名は兵頭という。
「お願いします」
軽く目で肯いただけの教官に原簿を差し出しながら、直江は興味深く相手を観察していた。
はっきり言って武道家との兼業であるとしか思えない。
鋼のような印象を与える肉体と、鋭い眼差し、そして動きのない顔面筋肉。
そんなものをマスクの下で分析していると、ようやく相手が口を開いた。
「助手席へ」
乗れ、ということらしい。
必要最低限しか話さないタイプのようだ。
「はい」
こちらも短く返事をして、左のドアから中へ滑り込んだ。
教官は前回の仰木教官と同様、左足で座席を後ろへ追いやってから乗り込み、すばやく運転姿勢を作る。
こちらがシートベルトを締めたのを確認するように一度だけちらっと横を向くと、すぐに、慣れた動作で左手をギアに乗せ、ニュートラルに戻してからすいっとサイドブレーキに手を滑らせ、両脚を踏み込んでエンジンをかけた。
間髪をいれずに右手で指示器、左手でローギアに入れ、ブレーキを下ろして完璧な半クラッチでコースに乗る。
あれよという間にギアはセカンドに入り、車は内回りコースを3/4周して、南交差点で左折、前方の中央交差点の信号が変わるのを見越したように滑らかに停止線前に止まった。
まさにフェードアウト。
そのまま流れるような動作でギアを戻すのを見ていると、
「中央交差点の通行はわかっているか」
初めて長い台詞を聞いた。
「まあ、詳しくはもう少し先の項目になるが、簡単に説明だけしておく。
前車のブレーキランプなどで、先の状況を把握して、予測をたてること。
早めからブレーキの準備をしておくことが肝心だ。
急ブレーキは追突など、事故につながる危険な行為だから、絶対にしないこと。
それから、すぐそばまで来ているときに黄色に変わっても、急停止はしないでそのまま通過する。
下手に止まると後ろの車に追突されるからな。
これもそうだが、とにかく早め早めから的確に予測をたてて運転することができなければならないわけだ」
「はい」
かなり長い台詞で、その全てを理解できたわけではなかったが、とにかく見て判断して操作を行うことが大事なのだと頭に刻み込んだ。
それから、無理な停止はしないということ。
「左右よし」
やがて信号が変わり、教官は軽く左右に頭を向けながら中央交差点を通過した。
「北交差点を右折する」
突き当たりの北交差点を見ながら、言って指示器を出す。
後方を軽く振り返って、車体を右側へ寄せていったあと、
「ここは一時停止指定だ。そこに標識があるだろう。
停止線の手前で必ず停止する」
先ほどと同じ、綺麗な停止。
「そして、左右が確認できるところまで出て行って、自分の目で確認する」
半クラッチを使って、ゆっくりと車を前に出す。
ハンドルはまっすぐに保ったまま、2メートルほど前進すると、視界がひらけて確認できる状況になった。
「問題なければハンドルを切りながらあの三角のすぐ内側を通る感じで曲がってゆく。
あまり手前を回ると対向車線に迷惑だ。
かと言って、向こうへ行き過ぎると曲がりきれない場合があるので注意するように」
左右に車がないのを見て取り、アクセルを踏み込みながらぐいっとハンドルを切って、曲がる。
すぐ先の右カーブを曲がりながら、教官は一瞬だけこちらに視線を寄越して言った。
「発着点に戻って交代する」
前後を確認してから、素早く運転席へ滑り込む。
まずドアをロックし、クラッチを踏みながら右手をシートの下へ入れてレバーを掴む。
少し腰を浮かすようにして席をスライドさせ、適当な位置で固定するのだが、クラッチを踏み込んだときに足が伸びきってしまわないくらいがベストだ。
次に左手をルームミラーへ持ってゆく。
前を向いたまま視線だけを向けたときに、バックウィンドウのほぼ全体が映り、後部座席の上のところが少し入るくらいに角度を調節する。
今日の教官は自分と体格が似ているせいか、殆ど動かす必要がなかった。
そこまで終わったら、シートベルトを締めて、とりあえず運転姿勢作りは完了だ。
「姿勢ができたらエンジンをかけて、発進だ」
セカンドへ入れて3/4周を回る。
「次、南で左折して中央を直進、北を右折する。いいな」
「カーブのあたりから合図を出して左折だ。そこ」
「それから……」
「次は直進。……信号はまだしばらく変わらないからこのまま行け」
「はい」
「北を右折。さっきの手順でやってみろ」
「ええと、はい」
「そう、一旦停止。ローを忘れない」
「で、前へ出るんですよね。このくらい……」
「もっと」
「はい」
「それじゃ左が見えないはずだ」
「あ、見えませんね」
「前へ出て、確認できたらさっさと曲がる」
「は、はい」
「発着点に入る。前に車がいるから2番に入れるぞ」
「はい」
「左に合図を出して早めから寄せる。遅いと寄りきれずに後ろが残ってしまうからな」
「はい」
車を寄せていきながらブレーキを踏んで速度を落とすと、なぜだかチェンジレバーが暴れ出した。
車体もかなり揺れている。
「何か忘れていないか……
―――と」
「あっ」
パニックしているうちに、
「……きれました」
ピーーーーー
無常に鳴り響く音。
「クラッチを踏んでいなかったからだ。
いいか?減速しているのにエンジンとの連携をそのままにしていたら過負荷を起こして当然だろう」
「そ……そうですね……」
「わかったらもう一度エンジンをかけ直す」
「はい」
―――本日の成績はエンスト二回。道のりは果てしなく……
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