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N's D.S.diary

入所説明会 シミュレータ教習 実車第一日目 実車第二日目...



3/2
明日からひさしぶりの長期休暇だ。
ちょうどいい機会なので教習所へ通おうと思う。
運転手がいるからこれまで不便は感じなかったが、せっかくだから自分で運転したいものだ。
申し込みの電話を入れたら、火曜と土曜が入所説明会なのだという。残念。今日ちょうどやっていたのに。
仕方がない。5日に行くことにした。

楽しみというか、不安というか、複雑な感じだ。

3/5 (火曜日)

今日は入所説明会に行った。
真っ赤な髪をした不似合いな教官に説明を受けた。
何だか目をつけられてしまったような気がするのは・・・
気のせいだろうか。
・・・とりあえずストレート合格を目指して頑張ろう。

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 ところは、とある公安委員会指定自動車教習所の2階。
 時は所謂春休み。
 そのせいに違いないが、入所説明会会場であるここは、直江信綱にとっては少々居心地が悪いほどに、場を占める人間たちの年齢層が低かった。
 だからといって逃げて帰るわけにもゆかないので、直江はいっそ開き直り、説明会が始まるまでの暇つぶしがてらに、その新入生たちを観察することにした。
 しばらく見ていれば、彼らの顔つきはさまざまである。
 車が好きなのか、わくわくした表情で待ちきれない様子の人間もいれば、説明会なんてうざったい、とばかりに机に突っ伏して寝ている者もいる。
 そういう状況だったが、基本的にはやはり、初めてのこととあって小気味よい緊張に支配されているこの教室だった。
 場のほとんどの人間は学生と思しい若い男女である。
 無免許運転をやらかしたことのある人間を別にすれば、まず殆どの者は、自分が車を運転するようになるのだ、という意気込みと不安を抱いている様子だった。

 初々しいものだな、と心の中で微笑する。

 ―――尤も、自分もその中に混じるわけか……。

 微笑が苦笑に変わるころ、がらりと扉が開いた。

「よぉし、始めようかぁ!」
 異様にノリノリな感じのする教官が現れた。
 その姿に思わず目を見張る。
 短く切ってがしゃがしゃ立たせた鮮やかな赤い髪に、強い光を放つ双眸。強烈な個性を全面に現した容貌と、颯爽とした身のこなし。
 まるでブラウン管の中にいそうな、目立つ男だった。
 教習所指定の生真面目な茶色の背広が全くそぐわない。
 いる場所を間違えているな、と心中で呟いた直江自身が、まわりの教習生たちから同様の感想を抱かれているということなど、当人は全く気づいていなかった。
 彼は企業戦士としての自分に十分満足していたし、その実績も自他ともに大いに認めるところだった。
 自分の容貌が女性にはひどく魅力的であるらしいことは知っていて、適当に利用してきてはいたのだが。

「では早速だが、教習システムの説明に入るぞ!」
 教官が声を張り上げ、プリントを手に取った。
 まずは机の上に揃えて置かれている教本類の確認からである。
 運転教本、学科教本、安全運転の知識、練習問題集がすべて揃っていることを確認したうえで、教官はプリントの内容に触れはじめた。


 一歩教室に入って、いつもとは違う雰囲気を感じた。
 違和感というか、何か面白いものがあるなという感じを受けたのだ。こういうカンは滅多に外れない。
 教室を見渡すとすぐにその原因は知れた。
 こちらから見て右側の二列目に、男がいる。
 見るからに上級の人間だと知れる雰囲気を帯び、さらに容貌までが文句のつけようのないほど整った、三十前後の男だ。
 長い足を窮屈そうに机の下に納めて座っている。
 見れば見るほど、どうしてこんな人間がこんなところにいるのだ、と言いたくなるような、男だった。
 周りの新入生たちの注意が、あまりに場にそぐわないこの男へ集中していることに、どうやら本人は気がついていない様子だ。
 ―――これは、おもしろそうな人間が入ってきたものだ。
 織田信長は舌なめずりせんばかりの思いに、唇だけでにやりと笑っていた。


「教習は二段階式になっている。
 まずは第一段階の学科、技能の教習を済ませること。それが完了したら終了検定を受けて、合格すれば第二段階に入ることができる。
 二段階の教習をすべて済ませたら卒業検定を受け、合格すれば卒業だ。
 ただし、注意しなければいかんのだが、ここを卒業しただけでは免許取得にはならないぞ。
 それぞれの地域ごとに指定されている会場へ行って公安の検定を受け、それに合格して、晴れて免許証の交付を受けることができるわけだ」
 大体の流れはそういうことらしい。
 また、それぞれの段階で、学科のほうの教習がすべて終了したら『効果測定』というテストを受けて合格する必要があるという。
 終了検定前効果測定と卒業検定前効果測定の二回、受けなければならないということだ。
 合格しないと検定を受けることができない。
 なかなか道のりは遠そうだ。
 自分はたまたま与えられた長期休暇を利用してここへ通おうとしているのである。もし休暇が終わるまでに卒業できなければ、仕事の合間を縫って通わなければならなくなる。
 それは非常にありがたくない。
「……」
 ため息をついてから目を上げると、ふと教官と目があってしまった。
 その瞳の色が何だかいやで、逸らそうとした瞬間、その赤い髪をした教官がにい……、と唇を吊り上げた。
 瞳が爬虫類じみた光をたたえている。
 ぞっと寒気を覚えて背筋を寒くした直江だった。ただちに目を逸らせ、息をつく。

 一体何なんだ、今のは。

 冷たい汗をかいている直江に面白そうな視線をくれてから、教官は楽しそうな声音で続きを話し出した。


「……とまあ、そういう手順だ。
 各自、春休み中には卒業できるよう気合いを入れて頑張るように!」

 終始、目を合わさないように努めていながらも、相手の視線がこちらを向いていることに疑いの余地は無く、直江は憂鬱だった。


 受難の日々の幕開けに、本人はまだあまり気づいていなかった……


3/16 (土曜日)

今日はシミュレーター体験だった。
教官が例の男だった・・・。
絶対に目をつけられている
・・・と思う。
_________________________________N


 いよいよ技能教習の時がやってきた。
 といってもまだ実車に乗るわけではなく、今日の教習はシミュレーターで車に慣れるという項目である。
 春休みという時期のためになかなか予約が取れずにしばらく学科教習に明け暮れていた直江信綱は、ようやくの技能教習に快い緊張を感じながら、二階の待合コーナーで椅子に掛けていた。
 周りから飛んでくる痛いほどの視線も、彼はあまり気にとめていない。
 他に気になっていることがあったからである。

「どこの教室でやるんだったかな……」
 それをうっかり忘れていたのである。
 やがて彼は立ち上がり、二階の教室をすべて窺ってみた。
「第一、第二教室は学科だし……手前のこれは二輪シミュレーター教室か。
 これが四輪かな」
 ゲームセンターなどにありそうな、少しばかり大仰な装置を備えた部屋を発見し、ここかな、と目星をつける。
 彼は待合コーナーへ戻って再び腰を下ろした。
「二輪シミュレーターの方?」
 ふと、近くへ座っていた教習生に声をかけた教官がいた。鍵を持っている。
 彼らは二人で先ほどの二輪シミュレーター室へ入って行った。
 なるほど、自分のときもこういう風に教官が呼びに来るのか、と合点して待つが、
「……遅い」
 いっこうにそんな気配はなく、直江は段々心配になってきた。教習の始まりを告げる音楽が流れても依然教官は現れない。
 これは、といやな予感がして、受付へ下りることにした。

「すみません。四輪シミュレーターはどこでやるんですか?」
 焦りながら一階の受付カウンターで尋ねると、
「え、シミュレーター?初めての方ですか?」
 受付嬢は怪訝そうな顔で聞き返してきた。
「はい」
「それなら三階の第七教室です」
「三階 !? 」
「そうです。もう始まってますよ」
 時計を振り返っての台詞に、
「そ、そうですか。ありがとうございました」
 直江はくるりと向きを変えて階段を目指した。

 あまり格好は良くないが、そうも言っていられない。走ろう。

 一段飛びに駆け上がり、一気に三階まで至る。
 第七教室へ入ると、すでに教官が説明を始めていた。
 入って奥の壁に向かう形に五つ、シートを模した装置が据えられていて、すでに四つが埋まっている。
「そこ、遅い!遅刻厳禁だと言っただろう」
 開いた扉に振り返った教官は……

―――例の赤い髪の若い男だった。

「すみません」
 何でまたこの人に当たるんだろう、と内心天を仰ぎながら、教習原簿を差し出す。
「荷物はそこの棚へ置いて、席につきなさい。5番シートだ」
「はい」
 またあの気味の悪い光を目に浮かべ、教官はにやりと笑った。
 ―――さながら、うまそうな獲物が飛び込んできたのを見つけた肉食獣のように。


「じゃあ画面に移すぞ。ぼさっとしていたら置いていくからそのつもりで」
 指示通り座席について画面を見ていると、背中に例のいやな視線を感じた。
 まるで一挙一動を監視し、一つでも間違いを見つけたら突いてやろうというかのようだ。

 ――― 一体自分は何なんだ。何か目をつけられるようなことをしただろうか……
 (遅刻のせいか?)


 まずは運転姿勢から。
 ミラーの合わせ方、シート位置の調節、ベルトの締め方。
 そのいちいちに、いつの間にか傍らにきていた教官の口出しが入る。それも、他の生徒に対してはそれほど細かくチェックが入るわけではない。
 ―――ここまでくると、もはや気のせいでは済まされなかった。
 明らかに、この男は自分に目をつけている。それも、苛めて遊ぶための玩具か何かとして。

 こんな環境でこれから二ヶ月ほども過ごすわけか……。

 ……思わず、ため息がこぼれた。



―――直江信綱、本日の成績はエンスト一回、サイドブレーキの戻し忘れ一回。
残り、32時限。まだまだ、先は長い―――



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