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シアワセノジョウケン

第一幕 第二幕 第三幕 第四幕[21 22 23 24 25 26 27fin]



「譲たちと……話をすることはできないのか」

しばらく沈黙していた妖精が、次に紡いだのはそんな言葉だった。

「あの場所とは交信のしようがないのか?」
顔を上げ、『魔女』に向かってまっすぐに視線を向ける。
「『狭間』と交信、ですか」
無茶を言う、とばかりに眉を顰める相手に、少しだけ胸が痛くなる。

無茶ならばあなたを向こうへ還すこともできるかもしれない―――と言ったあの男。
自分のために危険な賭けをすることを厭うていなかったあの男。

どうしたらいい?
ようやく結論が出たと思ったのに。
このままこの世界であの優しい魔法使いの傍にいると、決めたその翌日にこんな事実が発覚するなんて。

大切な親友たちが自分のために危険を冒して異界へ飛び出してきた。
還ってこない自分を心配して、掟破りの不法侵入を決行して、……そして彷徨い人になってしまった。

彼らを還す方法はあるという。魔女の言い分が正しければ。
そして、それは同時に自分と故郷を引き裂くもの。
もしくは、自分とこの世界とを引き裂くもの。

この世界に留まり譲たちだけを向こうへ還したなら、自分は二度と生まれ故郷には還れない。
この世界を出て譲たちと共に向こうへ還ったなら、自分は二度とこの世界へは来られない。


―――どうしたらいい?


世界と世界の狭間にいる親友たち二人と、一言でもいい、言葉を交わせたら。
そうしたらせめて別れの挨拶もできるだろう。無闇に心配させずに自分の今の幸せを語ることもできるだろう。

でも。

「―――もう、あまり時間がありませぬよ。これ以上あの『狭間』を彷徨えば、あの者たちは世界の理から
弾き出され、二度とどの世界へも入れぬ完全な『彷徨い人』になる」
魔女は悩み続ける妖精に決定的な一打を与えた。

もう時間がない。
元の世界に戻るにしても、彼らだけ還すにしても、もうタイムアウトは目前なのだ。
このまま答えを出せずに迷っていたら、大事な親友たちは永遠の彷徨い人になってしまう。

高耶は跳ねるように顔を上げ、それから改めて頭を垂れた。
「頼む。譲たちと話させてくれ……そうして、決める」


―――やがて、魔女は水晶に両手で触れると、集中するために目を閉じた。


――――――


一方、丘の上の魔法使いは一枚の黒い羽を見つけて真っ青になったハリを宥め、友人宅を訪ねていた。

街の真ん中の大通りを一筋中へ入ったところにある、小ぢんまりとした店。
木製のスツールに腰掛ける余裕もなく、彼は珍しく寝坊していた街一番の情報屋を叩き起こした。

「高耶さんが『魔女』に攫われた」
取り次ぎ役の二級魔法使い、綾子が相手の形相に驚いて一言も発せられずに奥から引きずり出してきた
寝ぼけ眼の男は、その言葉を聞いて一気に覚醒した。
「……ンだと !? 攫われた !? 」

攫われた、という部分に強い反応を示した相手に、直江は眉の角度を跳ね上げる。
「相手が『魔女』だということには何も感じないのか。何故だ。何かあったのか !? 」
高耶はやはり話せなかったらしい。
千秋は心の中で呟いて、両手を上げた。
「昨日、ここにあいつが来た」
「何だと?あの人の帰りが遅かったのはお前のところに用があったからだというのか?一体何を !? 」
直江は相手に詰め寄った。
昨日の今日で、まさかそんな話を聞かされることになろうとは思いもよらなかった。
彼はそんなことは一言も言わなかったのだ。自分も尋ねなかった。信じていたから。
一体彼はどういう意図で自分に黙って情報屋を尋ねたというのだろう。

滅多に見られない男の焦った顔に、情報屋はあの小さな妖精のこの男に対する影響力の大きさに
今さらながらに気づく思いだった。
そして、何の役にも立てなかった自分に怒りを覚える。

「高耶は、あいつは『魔女』の居場所を聞きに来たんだ。
俺が以前、帰還方法なら魔女に聞いてみたらどうだ、と言ったことを覚えていたらしい」

「何……だと…… !? 」
情報屋の返事に、魔法使いは両目を見開いた。
「あの人は……『魔女』の手を借りてでも還りたかったのか。そんなにも思いつめていたのか」

気づけなかった。
あんなにも近くにいて、それなのにあの人の救援信号に気づけなかったのか。
不甲斐ない自分を見切って、あの人は『魔女』に助けを求めたというのか……


自分を責めるようにきつく拳を握った彼に、千秋が首を振った。
「違ぇよ」
手を伸ばして相手の強張った頬をぴたぴたと叩いてやりながら、彼は続けた。
「あいつは言わなかったんじゃない。言えなかったんだ」
「どういう……意味だ」
「お前が自分のためならどんな無茶でもするだろうと知っていたから、言えなかった。
お前が悲しむから、還りたいなんて言えなかった。
そして……お前が優しすぎるから、言えなかったんだ」
「優しすぎる……?」
不可解な言い回しに、直江は訝るような眼差しになる。
千秋は何もわかっていない男に、噛んで含めるようにゆっくりと言い聞かせた。

「お前はあいつを大事にしてた。警戒心がすっかりなくなるほど、あいつはお前に懐いてたはずだ。
たった一人ぼっちでこの世界に取り残されて、誰も縋る相手がいなかったときに優しく抱きしめてやったお前に、
本当に素直に懐いていただろう。
けどな、そんな風にして情を移しておきながら、お前は優しすぎるんだよ。残酷なくらいにな」

少し言葉を切ってから、再び続ける。

「お前はあいつをそこまで弱くしておきながら、今一歩のところで奪わずにいただろう?
あいつがもし還りたいと言ったら、お前は還してやっただろう?
それが残酷だというんだ。
あいつはもうとっくにお前に囚われてる。還りたい故郷を忘れてもいいと思うほど捕まってしまっている。
なのに、お前は優しすぎてあいつのそんな縋り方を見なかっただろう?相手の意思を大事にしなければと思って
手を離してしまっただろう?
―――それが、どんなに寂しいか、拾われた仔猫の気持ちはお前にはわからなかったんだ」

静かに言い終えて、千秋はそれきり黙り込んだ。
その言葉が相手にどう浸透してゆくか、黙って見守っていた。


―――やがて、直江は宙で凍りついたように固まっていた手を、ゆっくりと下ろした。

「『魔女』のところへ行く。あいつは今、どこにいるかわかるか?」


その眼差しは、どんな情熱的な人間よりも熱かった。
たった一人の人のために、その瞳は、静かな水面から燃えさかる火鏡へと変貌する―――
生まれて初めての、熱さだった。



                                         (23/11/02)




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