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第一幕 第二幕 第三幕[16 17 18 19 20] 第四幕
「さあさ、寄った寄った見てった見てった!!ありとあらゆる野菜が新鮮だよ!」 「さばいたばっかりのアヤム!安いよ!」 「ドリアン〜メンガ〜」 「黒蜜ジュースを一杯、一日の元気はここっからだぜ!」 「キビ、カヤが入ってるよ〜」 街の中心に位置する広場は南に、朝市が立つ。 狭い道にひしめきあった、テント状の屋根。その下では、まさにありとあらゆる種類の食品が飛び交っている。 竹の籠に溢れんばかりに盛られた青い野菜。 毛が生えていたり、ごつごつした棘に覆われた、見た目にはひどくグロテスクな、南国の果物。 籠の中で喧しく騒ぎ立てている、アヤム。やがてさばかれることがわかっているのか、これが最後とばかりに喚きたてる。 既にさばかれたピンクの肉塊がずらずら吊るされた下のテーブルには、バナナリーフの上に魚が白い腹を見せて並べられて いる。 街角には大きな水槽に氷と黒蜜と竜珠の果肉をぶちこんだジュース屋が立ち並び、既にこれから一日の暑さを物語るように ぎらぎらと光っている太陽に閉口した人々が列を作っていた。 水槽の中でたぷたぷしているジュースをお玉で掬い取った売り子から、金属製のボウルにそれを受けて、一息に飲み干す。 ごちそうさん、と声をかけ、空になった器を返して人々は散ってゆく。 入り乱れる、とりどりのバジュクロン。頭布。 褐色の肌が太陽の光を反射して光る。 侃々諤々のやりとり。 熱い…… 熱い、街だった。 「おうっ、ハリやんじゃねーか!今朝はもぎたてのランブータンが入ってるよ。どうだい!」 「お早うございます。早速見せてくださいな」 ハリはどうやら非常にこの市になじんでいるらしい。 名指しで商売人たちが群がってくる。 「おや、今日は可愛いの連れてるじゃねーか。友達かい?」 傍らの高耶を見て、彼らは面白そうに口を挟んできた。 「かわ…… !? 」 誰が可愛いだと !? 憤慨して文句を言おうとした彼を、 「主のお客人なんですよ。ちょっかい出したら後が怖いですからね?」 ハリがさりげなく押し留めて、さらに相手の男を黙らせた。 「おーお。それじゃあ退散するとするか。 この街じゃ丘の上の魔法使いと北の魔女を怒らせるようなまねだけはできねーからなぁ」 ひらひらと手を振って離れてゆく男たちを見送りながら、高耶は首を傾げた。 「……なぁ。直江ってそんなに有名なの?さっきの言い草……」 「いえ、別に主が何かしたことがあるというわけではないのですが、この街は医療において主のつくる薬に 非常に頼っていますので、その機嫌を損ねるとあまりよろしくないのですよ」 ハリはくすりと笑って答えた。 「はぁ、なるほどな……。直江の趣味って、こういうところで力を発揮してるんだ」 「ええ。薬の調合に関しては天才ですから。主は」 主大好きの使い魔・ハリは、とても嬉しそうにそう語った。 そして、 「ハリやん、こっちの野菜はどうだい?安くしとくよ」 「メンガがいい具合だよ」 「ぜひ、お願いします」 あちこちから声がかけられ、一家の台所を預かる彼はてんてこ舞い。 「なあ、ちょっと別行動してもいい?」 野菜の山に頭を突っ込んで、より分けに忙しいハリに声をかけてみると、 「大丈夫ですか?気をつけてくださいね」 とこちらを向きながらも、手は忙しく野菜の山の中を探っている。さすがは主婦ならぬ主虎。 「うん。広場で待ち合わせな」 忙しそうであまり突っ込んだことを聞いてこない彼を幸いに、高耶はそう言いおいて市の出口を目指した。 市の立つのは広場の南。 目指すのは、情報屋千秋の店。魔女の居所を尋ねるのだ。 店の場所は人に聞けばすぐに知れた。 広場に通じる大通りの一つを一本裏に入ったところに小ぢんまりした店舗を構えている。 ここで売買されるのは物品ではないから、大きな店は必要ないのだ。 机と椅子二脚。千秋本人と客が座れればそれでいい。 厚い木の扉を押し開けて中へ入ると、チリンと鈴の鳴る音がして、奥から人が出てきた。 「あらあ、高耶じゃない。おはよ。どうしたの?」 カラカラと音をたてる竹の簾を押し分けて姿をあらわしたのは、千秋のボディーガード兼事務係である、 二級魔法使い綾子だった。 既に馴染みになっている少年が、過保護な魔法使いの邸から外へ出てきたことが意外だった彼女は、 少し驚いた顔で高耶を見ている。 「ま、とりあえずどうぞ。千秋はも少ししたら帰ってくると思うから。 ごめんねぇ。外回り中なのよ。ちょおっと待っててやってくれる?」 「ん。ありがと」 椅子を勧めた彼女に短く礼を言って、高耶は木製の丸いスツールに腰かけた。 「はい、チャイをどうぞ。冷えたやつのほうがいいわよね」 しばらく奥へ姿を消していた綾子は、盆にピューターのコップを二つのせて戻ってきた。 差し出されたそれを受け取って、 「ひゃ。つめたい」 保温効果の高い金属製のコップは氷をぶちこまれてひどくよく冷えている。 喉を流れ落ちる液体は、甘いには甘いのだが、決して甘ったるいことはなくて、爽やかだった。 「おいしい」 素直に感想を述べると、綾子はにこりとした。 「あたし、チャイにはうるさいのよ。料理はからっきしなんだけどね」 ぺろりと舌を出すさまが思いがけず可愛くて、高耶は少し目を見張った。 「かわいいのな、ねーさんて」 笑いまじりに言うと、綾子は少し複雑な顔をして、それから手を伸ばして彼の頭を撫でた。 「年上に『かわいい』は難しいわよぉ。あたしは嬉しいけどね」 相手によっては失敗するわよ、とからかうように笑って、額のてっぺんにキスを一つ。 「いや、べつに口説き文句じゃないし」 完全に子ども扱いされて、少し憤慨した気味の高耶だったが、 「それで、ご用件は?情報屋・千秋に何か用があったんでしょ」 と訊ねられて、顔を鎮めた。 「……うん。前に話したことなんだけどさ」 言いよどむ姿に、綾子は何かを察した様子だった。 「……『魔女』の話?」 まっすぐに瞳を見つめてくる彼女に対して、高耶は目を逸らし気味に呟く。 「どこへ行ったら会えるかと思って。 北の魔女、っていうからには北の方にいるんだよな?」 市場で会った男が言った呼び名を思い出して訊ねた。 「今日、会いに行くつもりなの?」 「……うん」 完全に目を逸らしてしまった高耶に、綾子は相手の黙っているものを悟り、躊躇いがちに切り出した。 「……直江には」 答えは、無言の沈黙だった。 「……言ってないのね……いいの、それで?」 彼女は横を向いて小さくため息をつき、目だけを高耶に向けた。 「……言えなくて。たぶん言ったら留められると思ったんだ」 ―――ちがう。 自分が行くと言ったら直江は悲しそうな顔をするだろうけど、けれど…… たぶん、とめてはくれないだろう。 何をしてでも引き止めようとは、しないだろう。 あの男は……残酷なまでに、優しいから。 悲しいくらい、優しいから。 オレが還ると言ったら、その言葉を受け入れてしまうだろう。 時には乱暴にでも奪われたいと望んでいる相手の気持ちになんて、気づきやしない。 こわかった。 行くと言って引き止めてくれなかったら、……。 こわかった。 矛盾してるけど、還りたいし、引き止められたい。 故郷を忘れるなんてできないけど、もうきっと天秤の針は直江に傾こうとしてる。 行くなと言われれば、それで針は振り切れてしまうだろう。それで心は決まる。 直江がつかまえてくれるなら、ここに残る。 ……そんな期待を生んでしまっているのに、引き止めてくれなかったら。 求めてくれなかったら。 異なる世界に落ちた自分は泡になって消えてしまうだろう。 なおえぇ…… (30/05/02)
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