[ contents ] index - menu - library - BBS - diary - profile - link

新しい日に




詣で客も疎らな地元の神社で鈴の綱を引く。
柄にもなく緊張しながら、がらんがらんと音をたてていると、傍らからそっと手が伸びてきて、綱を掴んだ。

「明けましたね。おめでとう」
横を見上げると、すっかり見慣れた鳶色の瞳が笑っていた。
「おめでとう。直江。―――とうとうきたか……」
武者震いにも似た振動が体の芯から生まれてくる。

いよいよだ。

「今、なにを祈っていたんですか?」
神社を後にして鳥居をくぐりながら、川沿いの道を並んで歩いてゆく。
明日のために。
新しい生活への道のり。
「決まってるだろ。あんまり驚かせずにすむように、って」
両手をポケットに突っ込んで肩をそびやかせると、大きな手が伸びてきて片方の手を引っこ抜いた。
「私も同じでしたよ」
指を絡めて自分のコートのポケットに入れながら、直江が微笑む。
そして、まっすぐに前を向いて何かを見据えるような顔になった。
「まずはあなたのお宅へ伺いましょう。お母さんと妹さんはご在宅ですよね?」
なんでもない風に言葉を紡いでいながら、本当は彼も緊張しているということが、繋いだ手の震えから伝わってきて、少しだけ安心した。
ぎゅっと指の力を強めて、相手の視線をねだる。
「一足先に家に帰ったよ。指輪の相手を連れて帰るって言ってあるから、たぶん待ってるだろ」
「……腰を抜かされそうですね。私が行ったら」
ようやくお互いの手が震えを止めた。
くすり、と笑い合って、今度こそ軽い足取りになる。
「いちおう釘を刺してあるぜ?相手がどんなでも驚かないでくれってな」
先導するように足を速め、手を引くと、引っぱられて前へのめりそうになりながら直江が複雑な顔をした。

「―――それは、不倫とでも思われたんじゃあ……」
顎に手をかけて、彼は思案顔だ。

「不倫なんかしてねーよ。ちゃんと一対一で愛し合ってるって言ってある」
ポケットから出した手に光るものを見せ付けてやると、相手はようやく眉のたてじわを緩めた。
「じゃあ……日本人じゃないとか、そうでなかったらものすごい大女とか……」
言いながら直江は笑い出した。
そういう女性がオレの隣にいるところを想像して笑い魔に取り付かれてしまったらしい。

それにしても……笑いすぎだ。
ちょっと腹が立ったから、苛めてやろうか。

「でかいのは事実だろ。見た目日本人離れしてるのも当てはまるな。確かに」
「そうですね。しかも11も年上で?」
「総合するとものすごいけどな。でも直江、女じゃないし」
「私が女だったら嫌いになりました?」
笑い転げていたかと思えば、思いがけず真剣な眼差しがこちらを見ていた。

「……馬鹿やろ。
 直江がでかくて年上で俳優みたいな顔でちょっと変人でしかも神出鬼没でも」
息が切れそうなので一呼吸おいてから再開する。

「―――それでも……直江は直江だろ?オレと出逢った直江だろ。
 わかりきったこと訊くなよ」

足を止めてじっと見上げると、相手は嬉しそうに笑った。
「わかりきっていますか?それは嬉しいことを」
「だって、もしこの次オレが女になってても直江は気になんかしないだろ?……うぬぼれか、これ?」
「どう思います?」
小さく首を傾げてみせるさまが茶目っ気たっぷりで、思わず顔が緩んでしまう。
慌てて筋肉を引き締めて、眉を寄せた。
「直江の表情でわかるよ。だらしねーぞ」
繋いだ手をぐぐっときつめに握ってお仕置きしてみたが、顔色一つ変えずに直江は笑っているのみ。
「あなたこそさっきまでの緊張はどこへ飛んでいったんです?とてもとてもこれからお嫁さんを紹介しに帰る人の顔じゃありませんよ」
にや、と瞳でからかわれて、負けていられない気分にさせられた。
だから、反撃開始。

「お前こそ、お嫁さんて柄じゃねーだろうが。もっと可愛くなれないのかよ?」
軽く足を蹴飛ばして上目遣いに見上げてみる。
「私が可愛かったら殆ど怪談でしょう、それは」
直江はいやなものでも見たような顔になって首を振った。
事実、その指摘は間違ってはいないのだが……。
想像するだに恐ろしい。
「だったらお嫁さんとか言うな。そもそもその言葉が間違ってるんだ」
「だって、状況はそうでしょう。指輪の相手を連れて帰ると言ったらそれはもう」
そう。
普通は、突然左手の薬指に指輪を嵌め始めた男の子が、正月早々に家族を家に待たせて相手を連れ帰るとなれば、どう考えてもそれは将来の嫁を紹介するシチュエーションだろう。
だが、自分たちの場合にはその枠からは大いに外れている。
「―――むしろ直江が三つ指ついて『お嬢さんを僕にください』だろ、立場的に考えたら」
相手のほうがずっと年上で社会的地位はしっかりしているし、視覚的にも自分より長身で、どう見ても『男』の立場だ。
そう指摘すると、直江はにやりと楽しそうに笑った。
「ははあ。するとあなたはお嬢さんなわけですねぇ。―――本気で?」
「……」
「これからよろしくお願いしますね、『奥さん』」
非常に意味深長なイントネーションで発音された単語に、なんだかとても恥ずかしくなってしまう。
返す言葉がうまく出てこない。
まともな言葉が紡げずに詰まっていると、
「おや、どうしました?」
相手は面白そうに笑った。
「照れているんですか?可愛いですねぇ。私は日本一の果報者だ」
くすくす、と含み笑いをされて、ますます困ってしまう。
「……もう、わかったから」
どうしようもないので、癪だけど降参してみよう。

「すみません。でももう、すっかり緊張が解けましたね。これでリラックスしてご家族にお話ができます」
直江はすぐにそう謝って、ふわりと微笑んだ。

こういうところが、好きだ。
ご機嫌取りじゃなく、きちんと言うべきときに言うべきことを言ってくれる。苛めてきても、必ずすぐに謝罪してくれる。
そして、笑顔を見せてくれる。
他の誰にもできない、あの優しくて穏やかな微笑みを。

「……おし!頑張るぞ。絶対認めてもらわなきゃ」
拳をつくって気合を入れると、直江も肯いた。
「離れて暮らす日々はもう、過去のことにしましょう。これからはどんなときでもすぐ傍で、生きたい」
真摯な眼差しに、こちらも心が熱くなってゆく。
コートの中で繋いだ手を、そっと握った。
「何度出会っても、こうして一緒に歩こう。直江」
「行きましょうか、高耶さん」


止まっていた足を再び進めて、オレたちは新しい日に向かい、歩き出した。


2003/01/01


[ 新しい日に ] 終

[ contents ] index - menu - library - BBS - diary - profile - link