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...pierce... 向けられる銃口。 一列に並べられ、まさにそれを受けんとする人々。 子供もいれば、大人もいる。 一様に静かな瞳をして、冷たい銃口を見るともなく見ている。 恐慌状態に陥る者はない。信じるものを持つ者のみが抱くことのできる静かな強さが、そこにはあった。 異教徒たち。 彼らが『裁かれる』のは、ただそれゆえにであった。 この国は太陽神を始めとする自然神を祀っており、他の神を悉く排斥しようという国風を持っていた。 狩り出された『罪人』たちは、唯一神ラァを信仰するムスランたちである。 彼らは隣国で捕らえられ、こうして『裁き』の場に立たされることとなったのだ。 ワァァァァ …… 異様な興奮に包まれた刑場に、ぐるりを取り囲んだ群衆の歓声が湧き起こる。 刑の執行者が、その姿を現したのだ。 針弾を装填した銃をまっすぐに持ち上げて、一列に並ばされた彼らへ銃口を向けているのは、一人の男。 薄茶色の髪と瞳。踵まである長衣をゆったりと身に纏い、肩には掛布をなびかせている。額に一重だけ巻いたターバンを 留めている真紅の輝石が、至高の証に燦然と輝きを放っていた。 冷たい微笑を唇にのせて、この国最高の権力者は引き金に指をかけた。 「太陽神を愚弄する異教徒ども。裁きの時間だ―――」 バシュッ 引き金が引かれ、針弾が空を切り裂いた。 一瞬の後、それはまるで吸い寄せられでもしたかのように、一人の異教徒の胸へ突き刺さった。 心臓の真ん中を貫かれ、その体はゆっくりと後ろへ倒れてゆく。 即死だった。 その体が地面に、どう、と倒れ落ちる前に、既に国主の引き金は次の弾を打ち出している。 ダダダダン …… ! 弾がきれるまで立て続けに撃ちつくしたそれらは、いっそ見事なまでに全て、過たず異教徒の心臓の真ん中を貫いていた。 その一時に一体何人が倒れただろう。 縛められ、逃れることの叶わぬ彼らを端から次々に『裁く』その光景は、まさに、屠る、という表現が似つかわしかった。 刑場は最高潮の興奮へ達した。 ―――しかし。 「やめろォォッ―――!」 突如として人垣を薙ぎ倒すように一人の青年が現れ、受刑者たちの前で両手を広げて、国主に立ちはだかった。 漆黒の髪、瞳。美しい緑色に染めた麻の長衣をはためかせ、その腰を締める帯は金糸の刺繍に輝石の装飾。 首に掛けた細い金の鎖の先端には、国主の額飾りと同じ石が吊るされている。 真紅の輝石―――それは、国主の所有印に等しい。 彼は、国主の愛人と呼ばれる立場の人間だった。 その姿を目にして、異様な興奮に包まれていた観衆が、静まりはじめる。 この青年が、国主の寵愛を一身に受けていることを、国民の誰もが知っていた。 同時に、決して二人が互いに愛し合っている円満な間柄ではないということも。 一体、相対した二人が何を始めるだろうか、と、観衆はあるいは青ざめあるいは興味に目を見開いて、声を落とした。 「銃を下ろせ! 国主!」 彼は両腕を広げて異教徒を背に庇い、声を嗄らして叫んだ。 「これ以上の殺戮は許さない……! 無抵抗の彼らを虐殺することが、どうして太陽神の御心なものかッ!」 観衆が静まりかえる。 本当は、誰もが、この虐殺的行為に後ろめたさを抱いていた。 国主の手並みの鮮やかさに忘れていたが―――否、忘れようと心の底に沈めていたが、全く抵抗も狂乱も見せずに弾を 甘んじて受ける異教徒たちの姿に、見物している自らの罪の重さを、感じていた。 なぜ、抵抗しない? なぜ、命を願わない? なぜ、そんな澄んだ瞳をして、微笑みすら浮かべている …… !? お前たちの神は、それほどまでにお前たちを愛しているのか。 命を捧げても捨てたくない、とお前たちに決心させるほどに。 微笑んで、静かな瞳を保っていられるほどに、お前たちは満足か――― 我々が、間違っているのか ――― ? 漆黒の瞳が、まっすぐに鳶色した男の瞳に相対する。 夜毎に自分を抱く、深い色をしたその瞳に、牙を向ける。 二つの瞳がまっすぐに交わる。 「銃をひけ! もう……やめてくれ ……っ」 逆らうことを許されない立場の青年の、決死の反駁はしかし、薄く開いた唇の一笑にふされてしまった。 「また……ですか。 今度もあなたは私に逆らうのですか。神を恐れぬ者どものために。 言ったはずですよ? 異教徒どもの命乞いはもう許さないと。 何度教えてあげればわかるんでしょうね……」 その通りだ。 前にも同じことがあった。 そして、今度も自分は――― 「何度だってこうする! オレは、オレの半身の叫びに目を瞑ることはできない……!」 青年は血を吐くような声で、叫んだ。 目を一杯に見開いて、相手の瞳を射抜くほどに見つめる。 「聞け! 彼らを手にかけるというなら、オレを殺してからだ。オレの屍を越えてゆけ……ッ!」 あの時は、退いてくれた。 ―――今度は……? 国主は青年にぴたりと銃口を合わせた。 「……ッ」 青年の瞳が驚愕の色を帯びる。 国主は、つ……と唇の端を吊り上げた。 「言ったはずですよ……? 二度目はない、と―――」 引き金にかかった指がゆっくりと引かれるのを、見開いた瞳に映しながら、青年は過去の風景とそれを重ねていた。
『やめろ……!』 同じ、裁きの時。 一列に並べられ、刑を受けようとしていた異教徒たちの中から、高耶は飛び出した。 国主の目の前に立って、精一杯の牙を剥く。 『皆が何をした? お前たちに何をしたというんだ !? ただ、自分たちの神を信じているだけじゃないのか! たった一つの心の拠り所を、守っただけじゃないのか…… !? 』 まだ少年だった幼い彼は、全身に怒りと悲しみを漲らせて、国主に食って掛かった。 『この餓鬼が!国主さまに向かって何ということを……!』 国主の後ろにずらりと控えていた護身兵たちが、ばらばらと走り出てきて、高耶を引き離した。 刑場の真ん中に引きずり出されて、彼らに殴る蹴るの暴行を加えられながらも、高耶は国主を睨み続けた。 『殺すなら、殺せ……! 魂だけになっても、お前を呪い続けてやる! 決して、許さない……っ』 燃える瞳に、憎悪を漲らせて、彼は国主の冷たい瞳に熱い怒りをえぐりこんだ。 『まだ言うか!』 さらに酷い仕打ちが加えられる。 『何度でも言ってやらぁ……! ……うっ……』 鳩尾に強烈な蹴りを入れられ、高耶は倒れこんだ。 激しくむせ返るその体に、容赦なく次の拳が叩き込まれる。 『止しなさい、高耶!』 異教徒たちが叫ぶ。 観衆は彼らの大声を初めて耳にした。 『私たちは何も奪われてはいない。我らの神を信じて死ぬならば、何も恐れるものはないんだ』 口々に、彼らは言った。 『だから、もういい。もうやめなさい……!』 高耶はそれでも黙らなかった。 『オレはオレのために叫ぶんだ……どうしても、あの男だけは許せないッ』 いまだ国主を睨みつけたまま、切れた唇から大音声を上げる。 『構わん、殺してしまえ!』 兵の一人がついに剣を抜いた。 振り上げられる剣。 しかし、ぎらりと太陽の光を反射したそれが空を切る音にも視線すらくれようとはせずに、高耶は国主を 睨みつけている。 男の指が引き金に掛かった。 銃口は正確に高耶を狙っている。 『そうだ。それでいい。オレを殺せ……殺して屍を越えてから、ゆけ!』 高耶が目も背けずに叫んだその瞬間、引き金が引かれた。 バシュッ 『 !? 』 倒れたのは、剣を今まさに振り下ろそうとしていた兵士だった。 心臓を針弾に貫かれ、その男は絶命していた。 わっと上がる観衆の叫び。 国主が護身兵を殺すという凶事に、刑場はどよめいている。 けれど、喧騒も何も耳に入らず、周りの狂乱ぶりも目に映すことなく、 高耶は、国主の構えた銃口から立ち昇っている硝煙を、見開いたままの瞳でただ見つめていた―――
あの時は、呆然としている自分を引きずり起こして宮殿へ連れ帰ったお前だった。 そして、ムスランたちを解放することを条件におとなしくなったオレを、無理やり抱いた。 いやだと叫び続けるオレの唇を塞ぎ、猿轡を噛ませて、夜毎に酷い仕打ちを加えてきた。 愛人、という名を与えられたけれど、一体これのどこが愛人なものか。 屈辱の日々をオレに強いたお前を、どうして愛せるだろう。 これがお前のやり方なんだ。 命を取るかわりに、人間として最低の矜持を、ずたずたに引き裂く。 それが、お前がオレに与えたもの。 それなのに……、オレは暗い穴に足を取られてしまった。 自分を傷つけ続けてきたお前なのに、いつしか離れられなくなっている。 時折見せる、無防備な悲しい瞳に、胸を締めつけられるようになってしまった――― 殺したいほど憎んでいる。 殺されたいほど縛られている。 もう、終わりにしたい。 これ以上こんなままでいたら、オレは発狂する…… だから、こうして再びお前に牙を剥く。 ―――さあ、今度はどうする? 今度こそ、オレを殺してくれるのか……? バシュッ 引き金が引かれた。 あぁ……。 これで終わりになるんだな。 もういい。もう疲れた……。 お前に対する発狂寸前のめちゃくちゃな気持ちをこの体という棺に納めて、オレは死ねる――― ドッ …… 肉を貫く針弾。 けれど高耶は立っていた。 鋭い痛みを覚える場所は、心臓ではない。 ゆっくりと手を差し上げて、そこに触れてみる。 「……ッ !! 」 脳天にまで響く、焼けつくような痛み。 針弾は、正確に高耶の左の耳朶を射抜いていた。 けれど、問題なのは、痛みなんかじゃない。 高耶はゆっくりと自分の方へ歩いてくる国主を、じっと見つめ続けた。 「……直江……」 国主は疑問を瞳にこめて見つめてくる愛人に、深い豊かな声で囁きかけた。 「―――言ったでしょう? 私はあなたが気に入ったと。あなたが私から逃れようとしたって、許さないと。 私に向かってくるならそれもいい。けれど、決して解放してなんかあげない……。 私のものになったら、離しはしないと言ったはずです。二度はない、と―――」 針弾が刺さったままの高耶の左耳に手を伸ばす。 「―――つッ」 針弾を掴んでぐいっと引き抜かれ、高耶は目の眩むような激痛に唇を噛んだ。 耳朶に空いた小さな穴から、真っ赤な血が球状に盛り上がる。 それを舌で舐め取って、直江は小さな金の環をそこへ通した。 至高の輝石・真紅の石を嵌めこんだ小さな飾りが、環の先で揺れている。 ―――国主の所有印。 「これで、あなたは完全に私のものです。 この環は外せない。永遠に残る、私の所有印です」 高耶の耳朶に嵌められたピアスに軽く唇を押し当てて、直江はそう囁いた。 ―――それが、今度のお前の答えか。 永遠に外れない所有印を愛人の体に刻みつける。 歴代の国主の誰もしなかったことを、オレにする? 読めない。 直江は一体、オレをどう思ってこんなことを……。 心を、体を、ずたずたに引き裂いてきたのは、なぜなんだ。 それなのに、今この優しい瞳は、何なんだ。 「―――オレをどうしたいんだ、お前は……?」 自分ではどうしてもわからないから、訊いてみる。 直江は微笑んだようだった。 「わかりませんか? 私はね……―――」 everlasting end . . .
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